「インサイド・ヘッド」
それほど期待もしていなかったけれど、まあその程度だったかな。ジョン・ラセターが監督ではないからかどうかは別としても、今一つ、のめり込めないディズニー映画だった。ディズニー映画ってもっと夢のあるものだったのになと思ってしまった。
一人の少女ライリーの頭の中にある、喜びや悲しみ、怒りなどが、ライリーの生活を制御しているという前提で始まる物語で、先日の「脳内ポイズンベリー」と非常によく似ている。
カナシミがどこか変になり、その対応をしていて、ヨロコビも指令室から放り出されてしまう。次第に、崩れていくライリーの様々なこれまでの感情。しかし、それは、新たな大人への一つの試練だったというのがラスト。
思春期に向かってきた少女の、複雑に変化する心の動きを、アニメをまじえ、コミカルに描いていて、ラストシーン、大人になっていくライリーの様子が、妙な感動を呼んでくれます。
短い作品だし、ディズニーならではのよけいな枝葉がないのは好感ですが、もうちょっと、遊びのシーンに夢あふれるキャラクターがでてきてもおもしろかったと思うのですが。
「処女が見た」
若尾文子特集の一本ですが、当時流行った、処女という言葉を使っての題名だと思います。
監督は三隅研次です。
物語は、西入庵と呼ばれる尼寺、そこに一人の不良少女が連れてこられるところから映画が始まる。主人公は若尾文子扮する尼僧だと思うのですが、この高校生が、最初は反抗していたものの、尼僧にほだされて、好きになり、この寺にとどまることになる。しかし、本山の住職が亡くなり、後にきた住職は俗物で、尼僧を手込めにしてしまう。さらに妊娠までして、尼僧は入水自殺をする。この住職に復讐するために、高校生が、住職を誘惑して、湖に投げ落としてエンディングなのですが、いったい、どっちが主人公なのか、物語の本筋が崩れていきます。
ただ、若尾文子の尼姿が実に美しく妖艶なので、それを見るだけでも、必見の一本だったと思います。映画は普通ですが、なかなかのレアものだったのかと思います。