くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ピエロがお前を嘲笑う」「赤い玉、」

kurawan2015-09-29

「ピエロがお前を嘲笑う」
非常に作り込まれていて面白いのですが、見終わった後の爽快感がない。しかし、ハッキングという禁断の才能を縦横無尽に駆使し、二転三転するストーリー展開と散りばめられたトリックの数で物語を牽引していく構成は本当に面白い。監督はバラン・ボー・オダーである。

映画が始まると、主人公ベンヤミンが警察に出頭するところから始まる。取り調べに入った女性捜査官は、一旦職を解かれたのだが、彼を逮捕すること、そして取り調べることを指名されてやってきたのである。

ベンヤミンは、これは自分の物語であると告げて、ここに至った経緯を説明していく。ハッカー集団CLAYを作り、ネット上で話題になって、伝説のハッカーMRXと渡り合おうとしたのだが、鼻を明かしてやろうと情報局のサイトをハッキングして情報を得、MRXに渡したのだが、MRXはそれをロシアマフィアに売り渡し、その結果一人のハッカーが殺され、その犯人がベンヤミン達に迫ってきたというのである。

そして、ベンヤミンの仲間が殺害され、自らも危ういから証人保護プログラムに登録して守って欲しいと言ってきたのだ。

ベンヤミンが語る話を一つ一つ真剣に聞く捜査官だが、何かおかしいことに気がつき始めるのが後半。

そして、捜査官がその裏ずけを取ろうと現場を見に行けば、ベンヤミンのいう死体もないし、マリーという幼馴染の彼女もベンヤミンにあったことはないという。さらに、ベンヤミンの母は多重人格で、その遺伝がベンヤミンに及んでいるらしいと突き止め、どうやら全てはベンヤミンが多重人格で、作り出した仲間は全てベンヤミン本人だと暴露、証人保護プログラムは無効であると告げる。なるほどあっという展開である。

しかし、彼を問いただし、真相を暴いたことで女捜査官は復職、その礼に、5分のハッキング時間を与えて、彼を証人保護プログラムにさせてやるのだ。

そして、車の中での別れ、ベンヤミンが最初にやった角砂糖の手品のタネを教えてもらった女捜査官は、全ての真相をを理解してしまう。

大学のサーバーに入り、自分たちが危うくなったベンヤミン、ユーロポリスが迫ってきたと窮状を告げると、実は仲間は実在していて、女捜査官を利用して、証人保護プログラムで、自分たちを透明にしてもらうことを計画する。そして、これまでのことを巧みに作り上げ、まんまと透明になる。

船の中で、晴れて、透明になった彼らとマリーのシーンでエンディング。なるほど、なんとも複雑なストーリー構成だと唸ってしまう。

しかし、その根底にある、ハッキングという魔法のツールが、かえって、ストーリーを夢幻がごとく非現実感を盛り上げてしまった感じである。爽快感がないというのは、要するに、作り話的すぎるというのが鼻に着くからではないでしょうか。とは言っても、面白い。袋小路にはまってく構成は実に見事だと思う。佳作と評価してもいいくらいの一本でした。


「赤い玉、」
高橋伴明監督の絵作りの美しさに惹かれる一本でした。ストーリー的にはシンプルなのですが、映画全体のまとまりがとっても綺麗でした。

映画は、かつて第一線で活躍していた映画監督時田、今は映画学校の教師をしながら暮らしている。学校の助手唯と愛人関係があり、若い頃からの女癖の悪さで妻とは離婚している。

若い映画人との世代ギャップと、よる年波で思うようにSEXもできなくなったもどかしさに揺れている。

教室で講義をする主人公のカットから始まり、切り替わって愛人と風呂場で濡れる姿へと展開。さすがに、股間に手を添える奥田瑛二のショットはかなりエロティックである。

書き上げた台本は、今の映画会社では受け入れられず、教室で学生達の姿を見ても、すでに、自分とはあきらかに考え方も違う。老いていく自分自身を実感するも、まだそれはという思いを、最後には出るという赤い玉のエピソードで悪あがきする。

そんな時田は、書店で一人の女子高生律子を見つける。思わず彼女をつけていきながら、自分の脚本にも登場させ、劇中劇というのか、時田の妄想なのか、不可思議な映像がめくるめく展開。さすがに、時田の部屋の調度品や壁の絵画、外の景色の捉え方などは、なかなか感性の良さを見せてくれます。

物語のほとんどが、この律子をつける時田の妄想と、学校での現実、そして唯との行為で描かれていく。律子を追いかける時田の姿はまるでヴィスコンティの「ベニスに死す」である。

ところが終盤、律子はホテルに入るところを目撃、どうやら彼女はお金で体を与えているらしい。時田も彼女に金を払うが、時田の体はいうことをきかない。
時田は、学校で教えることをやめ、自分の最近の姿を脚本にした「赤い玉、」を映画にしたいと映画会社に申し込むが、担当者は時田が帰ったあとゴミ箱へ。

夜、映画会社ではなんとかゴーサインが出た、というメールを時田が見ているところへ車が突っ込み、時田は絶命、愛人唯のカットでエンディング。

老いていく一人の男の物悲しさを美しい感性で描く画面は実に美しい。一方で、律子がエロティックな姿で踊る場面や、唯との行為は、露骨なほどにストレートに妖艶である。しかし、映画全体が時田の老いていく切なさと美で統一されているために映画が卑猥にならない。これが演出家の力量であると思います。この映画、自分を投影しているように思えて、妙に引き込まれてしまいました。