くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ある画家の数奇な運命」

「ある画家の数奇な運命」

これはいい映画でした。三時間を超えるのに眠くならない。それがクオリティの高さの証明でもあります。美しいカメラと、芸術的な演出の数々、ストーリー展開の緻密さと、気付かせないほどに作り込まれた映画のリズムにため息が出てしまいました。監督はフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク

 

第二次大戦下のドイツ。美術館に一人の少年クルトが美しい叔母エリザベトに連れられて絵を見ている。説明する文芸員はいかにも社会主義を容認する様な物言いに、クルトも子供ながら奇妙な目を向けている。そんなクルトになにかの才能を見出しているエリザベト。帰りのバス、クルトはエリザベトの美しい胸に目を惹かれる。

 

バスを降りたエリザベトは、バス停車場で並んでいるバスの運転手に一斉にクラクションを鳴らしてもらい、それを受ける様に体を向ける。そして、自宅に帰ってくるが、クルトは叔母の美しい体が頭から離れない。ピアノの音にクルトが居間に入ると、全裸でピアノを弾くエリザベトの姿があった。エリザベトはクルトの方を向き、ガラスの灰皿を頭に打ちつけ始める。そこへエリザベトの両親が帰ってきて、エリザベトは医師のところへ。そこで、精神的に問題があると診断され、当時のナチスの政策で衛生局へ連れて行かれることになる。

 

間も無く、エリザベトは衛生局の婦人科の医師でナチスの高官でもあったゼーバント教授によって粛清の対象とされて避妊手術を受けさせられる。まもなくして第二次大戦も末期、劣勢となったナチスは、ドイツ国内の精神疾患の患者を安楽死させようとする。そして、エリザベトもその犠牲となった。

 

時が経ち、クルトは青年となっていた。看板書きで暮らしを立てていたが、その才能を看板屋の主人に認められて東ドイツの美術学校へ行くことになる。そこで服飾課の美大生エリーと知り合う。一方のゼーバントは、ナチスが敗戦間近に行った安楽死大量殺人に関わっていると目星をつけられ、占領軍のソ連将校に取り調べを受けたが、たまたまその将校の妻の異常出産を助けたことがきっかけで庇護を受け、医師としての地位を確立していく。

 

クルトとエリーは体を重ねることになるが、エリーの父はエリザベトを診断したゼーバントだった。そんなこととは知らないクルトはやがてエリーとさらに親しくなり、まもなくしてエリーは妊娠。婦人科の名医でもあるゼーバントは娘の妊娠を察知し、言葉巧みに中絶手術を実行してしまう。

 

そんな頃、ゼーバントを庇護していたソ連将校が転任することになり、ゼーバント夫婦は西ドイツに移住することを決める。クルトはエリーと東ドイツに残り、美大での受けも良いクルトは政府関係のプロパガンダ的な仕事ももらえるようになる。しかし、クルトは疑問を持ち、エリーと共に西ドイツへ逃亡する。

 

西ドイツへ無事移ったクルトは、そこで美大に入り、当時流行していた現代芸術に触れ、自らも前衛的な作品を描き始めるが、クルトの師とする教授は、それは本当にやりたいことではないと一括する。真っ白なキャンパスで思い悩む日々が続くクルトは、ある時、アトリエにやってきたゼーバントに食事に誘われる。レストランに号外を持った少年がやってくる。ナチスの大量安楽死に関わった医師が捕まったという。その記事に動揺しそそくさと退席するゼーバントを見て、クルトはその新聞を持ち帰り、そこの写真を絵にしてみる。

 

写真を絵にするということに何かを見出したクルトは、次々と古い写真を絵にし、ぼかした様な表現を加える様になる。その中には、エリザベトに抱かれた少年時代のクルトの写真もあった。

 

久しぶりにアトリエにやってきたゼーバントは、クルトの絵を見て取り乱し、そのまま出て行ってしまう。何かわからないものを感じ取るクルト。そして、二度と妊娠できないと言われていたエリーが妊娠する。美大生の友人の助力もあり、クルトは個展を開くことになる。その帰り道、バスを降りたクルトは、バス停留所でかつての叔母にしたことを思い出し、運転手にクラクションを鳴らしてほしいと頼む。一斉に鳴らされたクラクションを体に受けるクルト、そして映画は終わる。

 

オープニングのバスのシーンからとにかく画面や色彩、カメラワークも抜群に美しい。さらに、ミステリアスなストーリーが程よく抑制された人間ドラマとして描いているストーリー展開も見事。爆撃機がドイツ上空に迫ってきて、エリザベトの家族たちが一瞬で死んでいく編集も素晴らしい。ここまで見せられると、言葉にできません。現代美術の巨匠ゲルハルト・リヒターをモデルにしたと言いますが、素晴らしい一本を見たという感じの映画でした。