くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ポーラX」「エルヴィス」

「ポーラX」

奈落に落ちていく一人の人間のドラマを狂気の如き見事な映像で描ききっていく作品で、とにかくあれよあれよと引き込まれていく演出テンポが見事。一つ一つの画面の構図も美しいし、夜のライトを効果的に使った映像と、バイタリティ溢れる人物表現にのめり込んでしまいました。監督はレオス・カラックス

 

空爆シーンのモノクローム映像から映画は幕を開け、大きな屋敷、スプリンクラーの回る広い庭の傍をバイクに乗ったピエールが登場して物語が始まる。ピエールは、婚約者のリュシーの家にやってくる。ベッドで眠るリュシーに全裸でその傍に潜り込む。ピエールは従兄弟のティボに会いに行き、そこでいつもピエールを見ている一人の女性の後を追う。

 

父のバイクでその女性を追うが、途中で車と接触してしまう。後日、リュシーに結婚式の日取りの連絡に向かったピエールは、橋の途中であの女性と出会う。彼女はイザベルと言い、ピエールの腹違いの姉だと名乗る。ピエールはイザベルとの出会いがこの世を越えるきっかけだと直感し、姉と慕う母マリーも、婚約者のリュシーも捨てて、パリへ出る。

 

ピエールは従兄弟のティボを頼るものの素気無く断られ、イザベルの知人の音楽活動と武装訓練をするアングラ集団の倉庫に棲家を求める。ピエールは作家活動に打ち込み始めるが、ピエールを捜索していた母マリーが事故死し、病気になったリュシーはイザベルとピエールの元にやってきて一緒に暮らし始める。ピエールはこれまでアラジンの名前で執筆活動をしていたが、本名と姿を見せることを決意し、テレビの前に出るが惨憺たることになる。

 

イザベルは自分がピエールの幸せを壊しているとセーヌ川に飛び込むがピエールが飛び込んで助ける。そしてリュシーがピエールの婚約者であることティボが知り、ティボがピエールを呼び出すが、半狂乱となったピエールは銃を持って待ち合わせ場所に行き、ティボを撃ち殺して警察に捕まる。それを見ていたイザベルは自ら車に飛び込む。悲鳴と雑踏の中、逮捕され車で連れて行かれるピエールのカットでエンディング。

 

自由奔放に感性のままに描かれる映像表現と、無駄に間伸びさせないカット繋ぎでぐいぐいと狂気的に一人の男のドラマを描ききっていきます。充実した映像表現の傑作という感じの映画でした。

 

「エルヴィス」

日本人にとってエルヴィス・プレスリーについての知識はどれほどだろうかと思う。海外公演は全くなかったのだからなおさら。その意味でこの映画は本当に見た甲斐がありました。ただ、トム・ハンクスが完全にミスキャストで、大佐の狡猾な存在感とその裏に潜む何かが全く感じられず、馬鹿にしか見えない。さらに脇役が実に弱い上に、エルヴィスを演じたオースティン・バトラーが非常に役不足で、何もない時はまあエルヴィスかと思えるのですが、セリフを言ったりするたびに本人ではない現実に引き戻される。映画全体を引っ張っていくカリスマ感が希薄。さらに映画全体が実に小さく、カメラワークが悪い。特に前半の細かいスプリット映像を駆使した目まぐるしい映像が良くない。中盤から後半、エルヴィスの人間ドラマに焦点が移り始めると映画に見えてくるのですが、ちょっと甘い作りになった感じでした。監督はバズ・ラーマン

 

エルヴィス・プレスリーのマネージャーである大佐ことトムが倒れ病院へ担ぎ込まれるところから映画は始まり、彼が育てたエルヴィス・プレスリーの売り出しの頃が回想される。細かいカットの連続で若き日のエルヴィスが片田舎で人気を博し、みるみる表舞台に出ていく様を手際よく描いているのだが、この部分が実に弱くて、トムとエルヴィスという二人のカリスマ性が見えてこない。

 

エルヴィスのパフォーマンスやダンスが時の政治家たちに疎まれる一方で女性たちの人気を一手に集めていくのだが、そのリアリティが弱く、なんでそこまでという迫力が足りない。この映画の最大の欠点かもしれない。やがて、トムはまるで自分の金蔓であるかのようにエルヴィスを縛り付け始めるのだが、この辺りのトムの狡猾さが実に普通すぎて迫ってこない。一方のエルヴィスがなぜそこまで縛られていくのかも見えてこない。ただ、時代を考えると、こういう流れは当時は普通だったのかもしれない。

 

トムを排除しようとするたびに巧みにトムに引き戻されるエルヴィスは、とうとう夢の海外ツアーができないまま42歳でこの世を去る。晩年、妻に去られ、薬漬けにされながらも、エンターテイナーに徹するラストの「アンチェインドメロディ」を熱唱するシーンには胸が熱くなりました。こうして映画は終わります。

 

映画としては出来は良くないかもしれないけれど、こういう時代のトップエンターテイナーの半生と捉えれば、それはそれで感慨深い映画だったと思います。見た甲斐のある一本でした。