くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「#マンホール」「バビロン」(デイミアン・チャネル監督版)

「#マンホール」

好みのタイプの映画というのもあるけれど、面白かった。真相が明らかになりクライマックスからのどんでん返しもテンポ良く、一級品の鮮やかさとは言えないながらも、シチュエーションホラー的な色合いの楽しめる映画だった。監督は熊切和嘉。

 

スプリット画面で明日の川村の結婚式を前に会社の同僚たちが企画したサプライズパーティーの盛り上がりから映画は幕を開ける。そこへやってきた川村本人の登場、そしてパーティが終わり、みんなは二次会へ。川村は親友の加瀬と別れて一人夜道を帰る。ところが妙にふらふらし始めたかと思うと突然何かに落ちてしまう。そこはマンホールだった。

 

気がついた川村は足に怪我をしていることに気がつく。しかも梯子が壊れていて登れそうもない。携帯から加瀬や友人に電話をするが通じない。元カノの工藤舞にも連絡するが通じない。しかししばらくして工藤から返事が来る。川村は携帯のGPSからマンホールの場所が渋谷あたりだと知らせるが、工藤が渋谷に行ってみてもそれらしいところはなかった。とりあえず警察にも連絡するが場所がわからない。やがて雨が降り始め、さらにガス管らしきものからガスも漏れ始める。川村はSNSにマンホール女というアカウントを作り助けを求める。女にしたのはその方が興味を持ってくれると感じたからだ。

 

案の定、様々な情報が集まり始め、さらに兄と称した川村本人の素性も公になる。一方、パーティの写真などから川村は犯人探しを始める。そして、どうやら加瀬が怪しいと書き込むと、みるみる拡散していき、とうとう加瀬に制裁した写真までアップされる。まもなくして、汚染液が流れ込み始める。

 

絶体絶命の中、唯一連絡がつく工藤に、まず怪我の応急処置を教えてもらう。電車の音や様々な情報から、渋谷ではなく都心を外れた場所だとSNSで特定されてくる。Vチューバーの若者が特定して向かってきたが、違っていた。そんな頃汚染液は川村を溺れさせるところまで来ていた。川村はガスが漏れていたのを思い出し、加瀬にもらったライターで火をつけ爆発を起こして泡を吹き飛ばす。さすがに無理のある展開。しかし地面に再度落ちた川村はそこに死体を発見する。

 

川村は工藤に連絡をし場所がわかったという。そこはかつての母校の廃校跡だった。なぜ特定できたのか、川村は若き日、廃棄物処理工場で働いていた頃を思い出していた。今の不動産会社への転職が決まった日、自宅に戻ってきた川村は、チャイムの音に玄関に出る。恋人の菜津美かと問いただす彼の前に一人の男が現れる。それは吉田という男だった。吉田は川村を押し倒し滅多刺しにして殺害する。そして小学校のマンホールに落とし、自分は川村の顔に整形し、川村に取って代わったのだった。どうやら吉田という男はサイコだったのか、あるいは川村が女好きの男だったのか描かれないのがやや弱い。

 

まもなくして警察からも連絡が入る。場所がわかったので向かうという。一方SNSでは、マンホール女を救出するべく正義を執り行うというアカウントの男の書き込みも始まる。

 

警察や正義の男に来られるのは困る偽川村は、マンホールからすでに出たと書き込み、実は男だと書き込もうとしたところへ、工藤が着いたという連絡が入る。偽川村は工藤に投げ下ろしてもらったロープでなんとか脱出、顔を挙げると目の前にいたのは菜津美だった。菜津美は、川村俊介が偽物だとわかっていたのだ。そして偽川村にのしかかり顔にメスを当てようとするが反撃される。そりゃ反撃されるやろという流れである。

 

そして涙ながらに、犯罪を認める偽川村のは、捕まる前にさゆりとの赤ん坊を抱きたいと懇願、菜津美は情に絆されてその場を後にしようとするが背後から偽川村に首を絞められる。意外とあっさりの菜津美にもかなり無理があるけれど。あわや殺されるかと思った瞬間、SNSの正義の男がボウガンで偽川村を撃つ。そして菜津美をマンホール女だと信じてSNSにアップ、偽川村は菜津美にマンホールに突き落とされる。助けを乞う偽川村だが、正義のアカウントの男も相手にせず。やがてマンホールの蓋が閉じられて映画は終わる。マンホールの底に落ちた偽川村の携帯にさゆりから明るいメッセージが届いて映画は終わる。

 

一級品とは言えないまでも、なかなか面白いシチュエーションホラーで、ラストのどんでん返しはやや強引ではあるし、ところどろこツッコミどころもあるけれど楽しめました。

 

「バビロン」

抜群に面白かった。三時間を超えるのに全く退屈せずに引き込まれてしまいました。夢の工場だった頃のハリウッド全盛期の魑魅魍魎、悪鬼夜行の世界を圧倒的なバイタリティで描く群像劇。背後に流れる音楽のテンポも抜群にいいし、冒頭から、まるで下品なフェリーニの映画を見るかのような大群衆のダンスシーンが圧巻。さらにマーゴット・ロビーが素晴らしく、体を張っての演技と役柄に陶酔してしまいます。最高に楽しめる一本でした。監督はデイミアン・チャゼル

 

1926年、広い荒野にトラックが走ってくる。途中で一人の男マニーと待ち合わせるが、馬を乗せるはずがマニーは象を手配されたからと、無理やりトラックに乗せて山に上のドン・ラファロの屋敷へ向かう。途中坂が登らず、象に糞をさせて体を軽くし手登るエピソードからただものではない予感に惹かれる。そして着いたのはハリウッドの大スターを呼んでのどんちゃん騒ぎの場。マニーはそこで給仕まがいの仕事をするが夢は映画スタジオのセットの仕事に就くことだった。そんな時、一人のぶっ飛んだ女ネリーが車で庭の石像に突っ込んでやってくる。いかにも品の悪そうな彼女は、マニーの機転もあり、あれよあれよという間にパーティの会場へ飛び込み、好き放題に飲み、踊り、男を手玉に取っていく。彼女は貧しい毎日を抜け出てハリウッドで女優として成功するのを夢見ていた。

 

大物プロデューサーが集まる中、次の撮影の端役がいなくなって代わりを探していて、目に止まったネリーを明日の撮影に呼ぶことになる。一方、マニーは酔っ払った大物俳優ジャックを自宅までお届ける仕事を言い使い、ジャックを家まで送り一夜を明かす。翌朝、マニーを気に入ったジャックはそのままマニーを撮影所のセットの現場に連れて行く。そこは、まさに夢の工場の現場そのものだった。危険なことは日常茶飯事で、勢いだけでどんどん映画が作られていた。マニーはメキシコから移民してきたのだがたまたまエキストラのトラブルを見事に処理して、撮影所での仕事にあり着くようになる。まさに夢の第一歩だった。

 

映画の字幕を書いている東洋の役者フェイもまた時代の中で必死で生きていた。彼女はレズだった。ネリーは、端役の撮影にやってきたが持ち前の体当たりと天性の才能で見事に監督の意図以上の演技を見せ、すっかりプロデューサーの目に止まって次々と出世し始める。父がマネージャーにつくが、娘を食い物にしているとしか思えない姿にネリーは辟易としていた。ジャックのそばについていたマニーもどんどん仕事を任せられる。

 

時はトーキーの時代に入ろうとしていた。ジャックの指示され初トーキー映画「ジャズシンガー」の試写会に出かけたマニーは、そこでファンにもみくちゃにされるネリーを見つける。彼女は今や大スターだった。彼女と一時車で過ごした後、マニーは試写会で、トーキー映画に熱狂する観客を目の当たりにする。

 

フェイは字幕の仕事もなくなる。やがてネリーもトーキー映画の撮影に入るようになる。ジャックも最初は抵抗するも時代はトーキーだった。トーキーになると声の質も問われるようになり、ネリーもジャックも苦労するようになる。一方、マニーはある撮影でのアドバイスが功を奏し、黒人のミュージシャンシドニーを見出すとともに自分もプロデューサーとして出世していく。ネリーは父の存在が疎ましく、パーティの席で父の酔いに任せてガラガラヘビと喧嘩をさせようとするが結局父は酔い潰れてしまいネリー自身が勢いで蛇を掴んで噛まれてしまう。それを助けたのがフェイだった。

 

トーキーの撮影が進み、ネリーの評判は日に日に落ち、彼女はギャンブルとドラッグにハマるようになる。マニーと評論家のエリノアは、そんなネリーやジャックをもう一度甦らせるべく大物たちが集まるパーティに招待するが、耐えきれなくなったジャックは途中で帰り、辛抱したネリーもとうとう爆発して、大失態を見せてしまう。

 

ジャックは、パーティの帰り、自分が出演した映画の反響を映画館に観にいくが、しんみりしたラブシーンで観客が笑う様子を目撃してしまう。さらに、ネリーもパーティで悪口を耳にしてしまう。マニーは順調に出世し、映画会社の重役になっていく。ジャックはブロードウェイの役者の妻を娶り、日々発声練習を重ねるが、何かにつけて映画を馬鹿にする妻にとうとう罵声を浴びせてしまう。そして、旧知の評論家エリノアの元を訪れ強引に面会するが、そこにはジャックはすでに過去の人物になったという記事を載せた雑誌が置かれていた。エリノアは、ジャックに時代は変わったこと、すでに過去の人物であることをはっきり伝える一方、未来でジャックの姿はフィルムの中に残っているということを話す。

 

自宅に戻るジャックに端役の依頼がくる。ジャックは自分くらいしか受けないのだろうと悪態をついた上で引き受け、その映画に出るが、すでに彼を認めてくれたプロデューサージェームズもこの世にいなかった。ジャックは自宅に戻り、拳銃で自殺する。一方、シドニーも順調にスターの座についたものの黒人であることへの偏見は消えることはなく、ある撮影で、ライトの加減で黒人に見えないというクレームからマニーは気乗りしないままに黒く顔を塗るように言う。一旦はシドニーは黒く塗った上で撮影を終えるがそのまま撮影所に戻ることはなかった。

 

ある夜、カード賭博で大損したネリーはマニーのところへ駆け込んでくる。マフィアに借金を返すように脅されているというネリーに、マニーは自宅に匿い、大金を友人に手配してもらう。そしてその金を持ってマフィアのボスに会いに行き渡すが、実はその金は小道具で使う偽札だった。

 

ボスの言われるままに地下にいるという怪力男のところへ連れていかれるがそこで偽札がばれ、マニーと友人はすんでのところで脱出、マニーはネリーと結婚しようと言い、彼女を連れてメキシコへ行く段取りをする。途中友人を自宅に送り支度をさせる一方、ガソリンを入れにスタンドへ寄った後友人の所へもどったが、車に残ったネリーはこれ以上マニーを巻き込めないと一人夜の暗闇に消えてしまう。マニーは友人の家に入ったがまもなくして一人の男がやってきて友人らを撃ち殺してしまう。必死で命乞いするマニーに殺し屋はすぐにロサンゼルスを出るように忠告して去る。マニーが外に出るとネリーはいなかった。ネリーはその後、遺体で発見されたという新聞記事が映る。

 

時が経ち1952年、妻子を連れたマニーがスタジオの前にやってきた。妻子を先に返し、マニーは映画館に行く。そこでは、かつて、マニーがアドバイスした「雨に唄えば」が上映されていた。マニーの脳裏に様々な過去が蘇ってくる。こうして映画は終わります。

 

オープニングからラストまで圧倒される映像とリズム、そしてその根底にある映画愛に満ち溢れた傑作。映画人たちの権謀術作を描くのではなく、体を張って精一杯のしあがろうとしていた熱い時代の一ページをエロ、グロを交えて赤裸々に描いた感じがものすごい熱量を生み出していました。これこそが映画を愛する人の作った作品。もう圧倒されて面白かった。