「銀平町シネマブルース」
ありきたりの物語がありきたりの映画になったという感じの作品で、一体何を見せたかったのかが見えてこない。群像劇のスタイルをとっているのですが、今一つそれぞれの登場人物が生き生きしてこないのが残念でした。クライマックスの60周年記念イベントでの告白シーンのオーバーラップはなかなか良かったのですが、それ以外は役者のオーバーアクトに任せっきりの画面だった気がします。監督は城定秀夫。
公園で、ホームレスになった近藤が隣にいる佐藤に何やら売りつけられる場面から映画は幕を開ける。そこへ近藤の友人の木村がやってくる。近藤は木村に金を借りようとしていたが結局断られる。ベンチに横になろうとして生活保護申請のNPOをやっているという怪しい女黒田に誘われてその事務所へ行く。いかにもホームレスを飼い慣らして至福をこやしている風の団体なので、そこで知り合った梶原に連れられて一夜の宿を世話してもらう。梶原は地元の映画館の館主で、物置のような部屋をあてがわれる。近藤はバイトまがいの仕事をしながらそこで生活するようになる。実は近藤は映画監督だったが、3年前に助監督の高杉が自殺して以来映画を撮っていなかった。たまたま近藤のパソコンの映像を見た梶原はこの映画を完成させようと提案、劇場60周年の記念イベントに向けて計画がスタートする。
近所の映画好きの中学生、ジャズバーの店主、最近映画を作ってこの映画館で上映するのが夢だった女性、近藤の別れた妻と娘、俳優を目指す青年、フィルム上映を懐かしむ映写技師のおじさんなどなどが集まってくる。元々映画好きだった佐藤はいかがわしい仕事をさせられていたので、近藤は彼を助け、佐藤は再びホームレスになって映画を観にくる。そして記念イベントの日、イベントは盛況に終わり、それぞれがそれぞれに思いを寄せて帰っていく。会場を整理していた近藤は佐藤が手を合わせて死んでいるのを発見する。関わった人たちが佐藤の葬式をあげてやって映画は幕を下ろす。
とってつけたように梶原が弁護士だったり、黒田という怪しい女がいかにもな登場をするし、決して一級品の物語に仕上がっていないのですが、そこをなかなかの映画にしてきた最近の城定秀夫監督の手腕も今回は映画への思い入れが前に出てしまったのか冷静さに欠ける演出になっている気がします。期待はしてなかったとは言え、もうちょっとおもしろく作って欲しかった。
「エゴイスト」
元来ホモ映画は苦手なのですが、この作品は相当に良かった。変に隠さずにストレートに写したラブシーンもいいのですが、手持ちカメラを多用した映像のリズムが抜群に良くて、映画がバイタリティ溢れてくる感覚に酔いしれてしまいます。特に前半、主人公浩輔がゲイ仲間と夜の街を闊歩する場面や、恋人龍太との初めてのベッドインの後の歌を歌う場面が最高。あまりに純粋な恋心と、それをエゴイスティックに相手に向けていくピュアすぎる一途さにどんどん引き込まれていきました。若干、終盤三分の一がしつこさが見えなくもないのですが、それでもなぜか胸が熱くなってしまいました。監督は松永大司。
東京でファッション誌の編集者をしている主人公浩輔が、今日もモデルの撮影現場で仕事をしている場面から映画は幕を開ける。彼はゲイで、ゲイ仲間と酒の席で騒いでいるが、そこにいかにもな品の悪さがない。高級な服に身を包み、男の話をしているのだがどこか品が漂う感じの場面が実に上手い。カメラは手持ちでどんどん彼らを捉えていき、夜の街を闊歩しながらもとにかく陽気で心地よい。
浩輔はプライベートジムで龍太というトレーナーについてトレーニングを始める。ゲイ仲間と龍太の話題を出すも、清潔感が漂う。母と二人暮らしだという龍太の身の上を聞き、14歳で母を亡くした浩輔は、龍太に、母への土産の寿司を与えたりする。あまりにも純粋な雰囲気を漂わせる龍太は、ある時陸橋で浩輔にキスをする。そして、そのまま浩輔のマンションに行った龍太は体を合わせる。
すっかりお互い愛し合うようになった浩輔と龍太は、トレーニングのあと体を合わせるようになる。かなり露骨なベッドシーンだが、お互い臆面もなく演じているのでかえって清潔感と純粋さが漂う実に心地よい場面になっている。しかしある日、帰り際に龍太はもう会わないと宣言し、浩輔からの連絡を受けなくなる。龍太は、生活のために夜は体を売っていたが、浩輔を愛するが故にその苦しさに耐えられなくなったのだという。
どうしても電話に出ない龍太に、浩輔は客として龍太に会う。そして自分の専属になって欲しいという。龍太は申し出を受け入れ、それでも浩輔からの収入では足りないので、昼、夜、普通の仕事につき働き始める。しばらくして、龍太は浩輔を自宅に招き、母と一緒に食事をする。浩輔は亡き母の面影を龍太の母妙子に見て、帰り際にもらった手料理を大事に冷凍庫になおす。
浩輔は妙子のために軽自動車を買おうと龍太に提案する。ところが車が届く日、浩輔が、いつまでも来ない龍太に連絡を入れると、妙子からの返事で、龍太が突然亡くなったと知らされる。浩輔は龍太の葬儀の場で泣き崩れてしまう。そして、妙子から、龍太と浩輔の関係はわかっていたと話される。
後日、妙子のアパートを訪れた浩輔は妙子に生活費を渡し、龍太に代わって面倒を見たいと申し出る。最初は拒否したものの息子のように思える浩輔の好意を受けることにする妙子。しかし、ある日、アパートに行った浩輔は妙子が入院した旨を近所の人から聞く。病院へ行くと膵臓がんのステージ4を宣告されたのだという。浩輔は頻繁に面会に行くがあくまで龍太の知り合いという立場で押し通す。
しかし、やがて酸素マスクをつけた妙子を見舞った際、妙子は同室の人に息子だと話す。そして帰りかける浩輔に、もう少しいて欲しいと妙子は手を握る。こうして映画は終わる。
ゲイであることをきっかけに展開するドラマなのですが、その根底にあるのは主人公が愛した人への一途な思いです。それは最初は恋人に対してだったかもしれないけれどそれが母への思いに変わる。そのあまりに純粋な心の物語が、いつのまにかゲイの映画ではなく純粋な愛のドラマとして胸に迫ってきます。題名から、独りよがりの物語なのかもしれないけれど、あまりに真っ直ぐな心の物語に胸打たれてしまいました。いい映画だった。