くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ビニールハウス」「マッチ工場の少女」

「ビニールハウス」

脇役も小道具も最後まで活かし切った非常によく練られた脚本なのですが、何もかもが悲劇で終わるエンディングは流石に辛い。生きているのが嫌になる程緻密に悲劇を紡いでいく展開になんの希望も未来もなく、グイグイと心の奥底を攻めてくる。映像や演技に特に秀でたものは見えないのだが、なかなかの演出は評価して然るべき一本だった。監督はイ・ソルヒ

 

広い農地の真ん中に立つビニールハウスの中、一人の女性ムンジョンがベッドの上で自身の顔を叩いている場面から映画は幕を開ける。彼女はここに住んで、少年院にいるのだろうか遠くにいる息子ジョンウが出所して来るのを待っている。ジョンウと面接し、一緒に暮らそうと唯一の希望を語る。ムンジョンは在宅介護の仕事をしていて、老婦人ファオクを入浴させているが、認知症気味のファオクはムンジョンを罵倒する。ファオクの夫テガンはできた人でムンジョンを大切にしてくれるが目が見えなかった。

 

ムンジョンには施設に入っている認知症の母がいた。母のため、息子のため介護の仕事に励んでいるが、精神的に苦しく、進められたグループセラピーに参加することにする。そこで若いスンナムと出会い、スンナムが勤め先で性暴力を受けているように思えたので自分のビニールハウスに自由に出入りできるようにするため入口の鍵の番号(息子の誕生日)を教えてやる。しかしスンナムも精神障害者で、次第にムンジョンのことを好奇の目で見るようになっていく。

 

そんなある日、テガンは親友で医師のヒソクから、初期の認知症だと診断される。自分もファオクのようになると思ったテガンは夫婦で施設に入る決心をする。テガンは懐かしい友達と会うためヒソクと一緒に出かけるが、その夜、ムンジョンがファオクを入浴させていて、誤ってファオクを突き飛ばした拍子に殺してしまう。ムンジョンは一時は救急車を呼ぼうとするが、そこへジョンウから電話が入り一緒に暮らしたいと言って来る。ムンジョンは覚悟を決め、死体を隠すため布団に包んで運び出そうとするがそこへ酔ったテガンが帰って来る。ムンジョンは今夜はファオクの横で寝たいと言ってその夜は切り抜け、車でビニールハウスハウスまで死体を運んで箪笥の中に隠す。

 

後日、ムンジョンは施設にいた母をテガンの家に住まわせてファオクのふりをさせる。ファオクに比べて無口なムンジョンの母にテガンは不信を抱くものの自身が認知症初期だと思っているのでヒソクに確認してもらおうと呼ぶ。しかしヒソクはファオクだと信じているので結局はっきりわからないままになる。ムンジョンは以前から息子と住むためのアパートを探していたがなかなかお金が貯まらなかった。そんなムンジョンにテガンは援助してやり、ムンジョンは新居を準備し始める。テガンは認知症の妻と無理心中を計画し、浴室で首をつる準備をする。

 

その日、テガンはベッドにいるムンジョンの母の首を締め、自分は浴室で首を吊る。早めに出所したジョンウは仲間と出所祝いのパーティをしようと、ムンジョンの住むビニールハウスにやって来る。スンナムはこの日も雇い先の先生に体を求められていたが、ムンジョンに「嫌なら殺してしまえ」と言われたことを思い出し、カッターナイフで先生を刺し殺す。ヒソクがテガンの家を訪ねてきたら表にムンジョン宛の張り紙があって、警察に連絡して欲しいと書かれている。新居の準備が終わりムンジョンはビニールハウスに戻ってくるが、ジョンウらは奥の部屋に隠れる。ムンジョンは死体を隠した箪笥ごと焼こうとビニールハウスにガソリンを撒き火をつけて立ち去るが、何かを感じて振り返って暗転映画は終わる。

 

脇役の存在もしっかり描けていて、ラストへ向かっての伏線も無駄なく、浴室や居間、ビニールハウスなどの空間の設定も上手い。全体に非常に良くできた作品だと思うが、全て悲劇的な結末を迎えるのはどうにもやるせなさ過ぎる。映画としてクオリティが高くても、気持ちよく劇場を出ることはできない一本でした。

 

「マッチ工場の少女」

面白かった。抜群の選曲センスとテンポの良さ、ほとんどセリフがない中、映像だけで描いていく秀逸な演出、見事なブラックコメディでした。ここまで洗練して研ぎ澄まされると言葉が出ない。傑作でした。監督はアキ・カウリスマキ

 

マッチ工場の機械の流れを数カット捉えた後、ここで働くイリスという少女をカメラが映して映画は幕を開ける。仕事の後、ダンスホールへ行くが、平凡な服装の彼女は誘われることはなく傍に飲み物の瓶が並ぶだけ。家に帰ると母と義父が出迎え、イリスは食事の準備をしてまた翌日仕事に出る。この日給料をもらったイリスはそのお金でドレスを買い、残りを母に渡すが母と義父は怒って、返品して来い、売女、などと罵倒してイリスを殴る。

 

理不尽な思いのイリスはそのまま出かけ、ドレスに着替えてディスコに行く。そこで一人の男性と知り合い一夜を共にするが、男は翌朝金を置いて仕事に出ていく。イリスは電話が欲しい旨メモを残して帰宅する。帰宅すると誕生日プレゼントに「アンジェリカ」の本が置かれていた。電話が来ないのでイリスは男の家に直接会いにいく。男は翌晩迎えにいくからと答え、翌晩、イリスの自宅へ誘いにいく。レストランで、男はイリスに一夜の遊びだったから愛していないと告げる。イリスはその場を去り、自宅に帰る。

 

しばらくして、イリスは妊娠していることがわかる。男にその旨を書いた手書きの手紙を直接渡すが、男からの返事はタイプライターで打った、「中絶して欲しい」 という言葉と小切手だった。傷心したイリスは家を出て交通事故に遭い流産してしまう。母に心労をかけたと義父に勘当されたイリスは別居している兄の家に行き、そこで、近くの薬局でネズミ退治の薬を買う。それを溶かして瓶に詰め、男の家に再度出かける。男の部屋に入り、男が氷を取りに行った隙に男のグラスにネズミ退治の薬を入れ、お別れだからと小切手を返して部屋を出る。男がグラスを飲んだカットで暗転。

 

イリスはバーへ行き酒を頼む。「アンジェリク」の本を読んでいると一人の男がナンパしてきたのでその男のグラスにネズミ退治の薬を入れて席を立つ。男はグラスの酒を飲んで暗転。家に帰ったイリスは、母と義父の食事を作ってやり、酒瓶にネズミ退治の薬を入れて、食事の準備が整ったと呼びにいく。しばらくして、イリスは家を出て職場に行き仕事をしていると二人の刑事が来てイリスを拘束して去って行って映画は終わる。

 

冒頭の「アンジェリク」という本の一節や、イリスが誕生日プレゼントにもらうこの本の意味、中盤、温室に入ったイリスが夜に咲く花をじっと夜明けまで見る場面など、正直、本編の話とどう関わるのか感想できない部分もあるのですが、挿入される音楽のテンポが実にセンスよく物語をリズミカルにしているのが本当に見事で、これが映画作りだと言わんばかりの魅力に富んだ作品だったと思います。