くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「クリシャ」「青葉家のテーブル」

「クリシャ」

未来の希望もない殺伐とした映画ですが、カット割りと編集だけで主人公の心の葛藤を映像化していく手腕はなかなかのもので、インディーズ映画としては秀作の部類に入る一本でした。監督はトレイ・エドワード・シュルツ。

 

老婆のような女性のアップから映画は始まる。どうやら主人公のクリシャの姿のようで、彼女は姉に招待され、家族や母の集まるホームパーティーに誘われ、やって来る。そしてタイトル。

 

クリシャを迎えた妹の夫や家族などなど。しかし、どこか彼女への態度が冷たく見える。延々とした長回しだが、それがかえって不気味であるし、耳障りなほどの音響効果と、異常に増幅された人々の会話、さらに嫌悪感を催す生活音で見ている私たちも不安になるが、それはクリシャが耳で聞く音を再現している。彼女はアルコールとドラッグ依存でかつてかなり迷惑をかけたようである。

 

息子のトレイさえもクリシャを恐れ、今は姉の元で生活している。アルコールを絶ってやってきたクリシャだが、母も彼女のことが分からず、姉の夫もクリシャへの態度はどこかおかしい。七面鳥でしょうか、オーブンで焼くためにクリシャが一人頑張り、オーブンへ入れたもののキッチンタイマーの場所を忘れてしまう。さらに、家族があちこちで話す言葉に異常なくらいに神経質になっていく。

 

そしてとうとう、彼女は隠し持っていたアルコールを飲んでしまう。酔っ払ったままオーブンから七面鳥を出して落としてしまい料理を台無しにしてしまう。非難を浴びる中、必死で擁護する姉は二階へ彼女を連れて行き、切々と説教する。しかし、耐えられなくなっていくクリシャはついにアルコールをさらに飲み、ドラッグにも手を出してしまう。そして、壊れたまま一階へ降りたクリシャは家族の前で悪態をつき、暴れ、男たちに追い出されて映画は終わっていく。

 

クリシャが自分を失っていく中に、かつての幸せだった頃の映像や写真が被り、家族の姿を思い出し、悲しさの中にも自分でどうしようもなく壊れていく情けなさを細かいカット編集で描いていく。結局切ないラストシーンとなるのですが、果たしてクリシャがこの後どうなるのかは全く見えない。

 

綱渡りのようにシラフに戻った主人公が、些細なことの積み重ねから一気に壊れて行く様を映像表現だけで見せる手腕は評価されただけのことはあります。先日見たこの監督の2本のサスペンスはなんとも言えない出来栄えで参りましたが、このデビュー作だけを見れば、才能はあるのかもしれません。

 

「青葉家のテーブル」

たわいのないほのぼのした作品ですが、好きですねこういう映画。決して、名作とか傑作とかのジャンルに入らないかもしれないけれど、肩の力がスッと抜けた空気感が全編覆っていく感じが本当に見ていて楽しい。配信ドラマの映画版ということですが、良い映画を見た気がします。監督は松本壮史

 

青葉春子のシェアハウスに、友人の知世の娘優子がやって来るところから映画は始まる。出迎えたのは中学生のリク。優子は夏休み、美大受験のための夏期講習のため、二週間居候にやってきた。優子の母知世はカリスマ食堂の店主でテレビなどにも引っ張りだこの有名人だった。シェアハウスの同居人ソラオは、子供向け番組の脚本なども書いている作家で、タコスにハマっている。

 

映画は、優子の夏期講習の場での出会いを中心に、母知世へのさりげない嫉妬、さらに、中学バンドをしているリクが、お寺の本堂で練習して、チョコスリというグループの再結成ライブの懸賞に向けての練習をするエピソード、さらに、若い頃、一緒に食堂をしようと決めていた春子と知世だが、春子がためらったために20年間疎遠になっているエピソードを絡めながらほのぼのと展開していく。

 

優子は夏期講習で出会った国立の美大志望の少女与田との出会い、さらに、デザイン事務所でインターンで働く高校生の瀬尾らとの関係を通じて、自分の目指したいものを探す物語。一方、春子は20年来の確執を払拭するため知世に会いに行き、意気投合して、懐かしい若き日の夢を語りながら、次第に優子の物語とかぶっていく流れ。リクはせっかく作ったデモテープをすんでのところで応募せず、メンバーに謝るエピソードなどを描きながら、次第に、人生の目標や夢の物語で統一されていく。

 

友人もでき、母とも溝がなくなった優子は、夏休みも終わり帰っていく。優子は、若き日の夢の食堂経営を始めてみようかとつぶやく、ソラオの脚本にはついにタコスが登場する。リクはメンバーとまた活動を始める。それぞれがそれぞれに新たに前を向いて進んで行って映画は終わる。

 

たわいない、本当にこれという仰々しさなど全くないけれど、肩肘張らずにのんびり見れるし、自分の今をさりげなく振り返ってみたりもできる。その意味で、とっても良い映画を見たなという感じで劇場をでました。