くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「人間の境界」「かくも長き不在」(4Kリマスター版)

「人間の境界」

緊張感と悲壮感が全編を多い尽くす力作。圧倒的な映像表現で2時間半余り全く気を抜くことなく見入ってしまうが、描かれる物語はあまりにも厳しすぎて、こういう現実があることに打ちのめされてしまいます。監督はアグニエシュカ・ホランド

 

森を俯瞰で捉える映像から映画は幕を開ける。トルコ航空の飛行機の中、シリアからベラルーシに向かうバシールら家族は、ベラルーシを通過してポーランドに亡命しようとしていた。機内で同じくベラルーシを通ってEUを目指すライラと一緒になる。やがて空港についたライラは迎えのバスに乗ろうとするが、方向が同じだからとバシールらも乗り込むことになる。

 

バスはポーランド国境に差し掛かり国境警備隊に停められてそのまま鉄条網の外へ送り出される。そこはポーランドだった。バシールら家族、レイラらはポーランドの森の中を彷徨うが、迎えを呼ぶためのスマホの電源が切れてしまい、とりあえず道路へ出ようとする。ところがようやく道路に出たがそこでポーランド国境警備隊のトラックに乗せられ再び鉄条網からベラルーシへ送り返されてしまう。

 

ベラルーシポーランドの国境を行ったり来たりさせられ、その度にそれぞれの国境警備隊に暴行されたりする。ポーランド国境警備隊のヤンは、妻が妊娠していて間も無く出産だった。正式な家に移るまでの仮住まいには時々難民が入り込んで汚したりするので辟易としていた。しかし、任務で難民をベラルーシに送り返すことには疑問を持っていた。ポーランド政府も難民はベラルーシに送り返すべしという通達を国境警備隊に伝えたりし、さらにEUもそんな扱いに目を瞑る状態だった。ヤンは難民を横暴に扱う際に彼らを擁護する運動家に動画を撮られたりし、次第に精神的に参ってくる。

 

ここに国境付近に住まいする精神科医のユリヤは、ある夜、近くの森の沼地からの助けの声に気がつく。行ってみると、何度目かのベラルーシポーランドとの国境の行き来の中で脱走したレイラとバシールの息子だった。息子は沼地に引き込まれて亡くなってしまうがレイラは病院へ搬送できた。その際、難民救助の活動家アミーナらと知り合う。ユリヤは難民救助活動に参加することにし、アミーナらとピンポイントで場所を知らせてくる難民を救出するようになる。

 

ユリヤは地元の知り合いを巻き込んで新たな難民を救出するが、友人からは協力できないと言われたりもする。バシールの家族は何度目かのベラルーシポーランドの行き来の中でようやくポーランドに落ち着くことができた。2022年、ポーランドウクライナの国境で続々と移民していく難民たちの姿を描いて映画は幕を閉じる。

 

実際に難民だった家族や支援活動家の経験を持つ俳優を起用した緊迫感あふれる展開、さらに、照明だけで照らされた森の風景など映像表現も見事で、悲壮な現実を確実に訴えてくる迫力に圧倒されてしまいます。映像作品としては一級品ながら、いかんせんあまりに過酷な現実の姿は見終わってぐったりと疲労感に包まれてしまいました。

 

「かくも長き不在」

名作というのはこういう映画を言うのでしょうね。ストーリー構成のうまさ、場面転換のテンポ、クライマックスの盛り上がりからラストへの絵作りの巧みさにどんどん引き込まれてしまいます。アリダ・ヴァリの迫真の演技もさることながら、映画というフィクションの妙味というのを堪能させてくれる映画でした。良かった。監督はアンリ・コルピ

 

パリ祭で賑やかなパリの街、飛行機が空を飛び去り、たくさんの軍人のパレード、そして花火からメインタイトルに移って映画は幕を開ける。パリの一角のカフェ、この店の主人テレーズが手際よく仕事をこなし、常連客がいつものメニューと会話で賑やかである。テレーズの恋人のピエールは彼女とバカンスを彼女の故郷シュリュで過ごそうと誘う。

 

そんなテレーズは二週間前から店の前を通る一人の男が気になっていた。いつも鼻歌でオペラ「セビリヤの理髪師」を歌いながら通る浮浪者だが、かつての夫に似ている気がしていた。テレーズの夫アルベールは1944年ゲシュタポに捕まり、それ以来行方不明だった。やがてバカンスが始まり店の客も途絶えたある日、テレーズは従業員のマルティーヌに浮浪者に声をかけて連れてくるように頼む。

 

浮浪者はテレーズの店に来てマルティーヌが相手をし、浮浪者が記憶を無くしていること、かつてオペラ歌手だったかもしれないなど話すにつけ、店の裏にいたテレーズはこの浮浪者が夫のアルベールだと確信する。そして彼の後をつけ、セーヌ川のほとりの彼の小屋にやってくる。

 

男は雑誌や新聞の写真を切り抜き、朝は古紙の回収を仕事にしているということだった。テレーズは客がいなくなった店のジュークボックスにオペラのレコードを入れ、浮浪者を招くようになる。故郷からアルベールの母アリスや義理の弟を呼んで会わせるが、母でさえも浮浪者がアルベールだと確信できないと答え帰っていく。

 

諦め切れないテレーズはピエールの申し出も断り、浮浪者を夕食に誘う。そして、男のこれまでを一つづつ聞き出そうとするが、男は結婚していたことも、テレーズのことも思い出すことはなかった。テレーズは最後にダンスをしようとレコードをかけダンスを始めるが、鏡に映った男の後頭部に大きな傷を見つける。それはナチスによる何らかの手術のせいなのか事故か何かのせいなのかは不明だったが、男が医者から記憶が戻ることはないと言われたという言葉もあり愕然とする。

 

そんな二人を常連の客たちが店の外で心配そうに見つめていた。やがて男はテレーズの店を出る。すでに外はすっかり深夜、去っていく男に常連客らが「アルベール!」と次々と声をかける。すると突然男は何かの記憶が戻ったかのように両手をあげて走り出す。まるで逃げるように通りを駆け抜けてトラックの前に飛び出す。店で待つテレーズにピエールが、彼は無事だったがパリを出て行ったと告げる。テレーズは、「きっと戻ってくる。夏だからダメだった。冬に戻ってきたらきっと…」と呟いて映画は終わる。

 

とにかく、物語の構成、展開、テンポ、が見事にまとまっていて、ラスト、男の記憶が戻ったのか本能的なものなのか両手を上げるシーンのインパクトが上手い。手術跡を見つけるくだりもショッキングだが、この終盤の展開はまさに名作たる貫禄だと思います。いい映画でした。