くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ハサミ男」

ハサミ男

原作は素晴らしいミステリーである。映像化不可能と言われるほどその見事なプロットの組み立てと、登場人物の不可解さ、心理描写の見事さ、ストーリーテリングのうまさ、そしてなんと言っても謎解きのおもしろさは近年4だミステリーの中でも屈指のものでした。

そんな原作を「天使のはらわた・赤い淫画」などの日活作品の奇才池田敏春監督が映像化するとあって、ファンの方々もそして映画関係者の方々も期待していたのです。

しかし、いま、このようなぎらぎらした映画を作る人はいなくなりました。
とにかく画面の中にがむしゃらに映像を組み立てていこうとする情熱を感じました。昨今の若手の映像作家達はやたらスマートのまとまった作品を発表しすぎます。
セオリー通りの展開と映像技術、そしてチャレンジ精神のない型にはまった演出。確かに秀作はたくさんありますが、この池田敏春監督の「ハサミ男」のような迫力がありません。

<以下ネタバレになります>
物語は真犯人のハサミ男である知夏(麻生久美子)とその分身である豊川悦司が殺人を起こすところから始まります。原作ではこの分身は医師として登場しますが、映画ではラストになってそれが父であることがわかります。

その荒い映像と16ミリカメラ作品のような不器用な画面がこの作品がただならないものであることを実感させてくれます。
いきなり、犯人を具体化することで原作の持つミステリアスな部分は省いたかのように見えるのですが、そこはしっかりと映像化するに当たっての別のテーマをしっかりと貫いてストーリーが展開していくのですから脱帽ですね。

最初に犯人の正体を見せているとはいえ、原作を知らない人には二人の犯行であるように見せていく演出で、原作が持っていた「ハサミ男」というトリックを別の面からミステリー作品に作り上げています。

冒頭シーンに続いては原作の物語を追いながら、若干の脚色を加え、背景に父と娘という原作にはないテーマをしっかりと意識しながら一本筋の通った演出をしていく池田監督の手腕はまるで映画少年がひたすらこんな映画を作りたいと必死でカメラを回しているように見えて、その情熱がこちらに伝わってくるのです。

主人公達を囲む刑事達やその他の出演者も無名に近い人も多く、画面づくりも安価な早撮りを思わせるような構図や展開を多用するので、そこに自然と若さと、ぎらぎらした素人っぽさ(全然素人ではないのですが)が浮き出てきて、2時間を一気に引き込まれ、もう終わりなのかというラストまで観客をはなさないのです。

原作のおもしろさは真犯人であるハサミ男の正体と一方で偽のハサミ男を捜すミステリーが見事に交錯して描いているところにあるのですが、この映画化作品はそんな原作の味を別の観点から有効にストーリーの中に埋め込んで全く違った作品としているところが素晴らしいのです。
おそらく、原作通りに徹底的に模倣していったとしたらとても、こんな秀逸な作品に仕上がらなかったでしょう。

脚本段階で池田監督はもちろん、カリスマ的なファンを持つ長谷川和彦太陽を盗んだ男)監督や故相米慎二監督などの力も参入されていると聞き、なるほどと納得してしまった次第です。

クライマックスの展開は原作にほとんど同じですが、その後に続く父と子の心の交流の物語と主人公麻生久美子の自立に至る過程は全くのオリジナルです。しかし、このさりげないエピローグがこの作品のテーマを見事に貫くものであることも確かなのです