くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「サンダカン八番娼館 望郷」「銀座化粧」

サンダカン八番娼館 望郷

「サンダカン八番娼館 望郷」
初めてみたのはすでに30年近く前である。当時は良い映画だという評判だけでみたように思うし、田中絹代が住まいするあばら屋の場面のみを覚えている程度の印象であった。
しかし、今日久しぶりにみて、そして泣いてしまいました。これは大人の映画です。50歳を越えた今になって初めてこの映画の本当のすばらしさをわかったような気がします。

物語は、戦前、インドネシアのボルネオに娼婦として売られていったいわゆるからゆきさんと呼ばれた女性の物語です。壮絶な人生と、当時の時代背景、そして、人間の心の葛藤や生活の貧困、それらのドラマが圧倒的な物語として語られていきますが、それだけなら、ドキュメンタリータッチで描いたとしてもそれなりの監督ならそれなりの秀作を作り上げられたでしょう。しかしこの映画、さらに一本の作品として完成しているところがすごい。

栗原小巻扮する女性史研究家三谷がボルネオの現地で、からゆきさんの当時の様子を取材するシーンと、3年前、日本に住まいするかつてからゆきさんとして外地へ行った一人の女性キク(田中絹代)との対話のシーンを交互に語りながら、キクが住む村の人々が自分たちの村が公になることへの臆病さから見せるキクや外の人間に対する感情をじわじわと描いていく。そこには一般の人々の偏見、さらには日本という国や貧困に対する憤りがものすごい迫力で語られます。

初恋の相手に裏切られ、自分をよくしてくれた男に裏切られ、さらにはかわいがってくれた兄にさえ疎んじられ、過去の自分の人生すべてに対し、不信と悲しみにまみれていったキクが、最後の最後に三谷に心を開く、それでも三谷が差し出すお金よりも一本の手ぬぐいを欲するラストシーンは涙が自然とあふれてきました。すばらしい名作ですね。もう一度見直してよかった。


「銀座化粧」
成瀬己喜男監督作品で、これから円熟期を迎えんとする直前の頃の作品である。
思っていたよりもすばらしいできばえでした。

成瀬監督らしく、些細なせりふと何気ないカットで場面設定や人物関係を紹介しながら紡いでいく日常のドラマはさすがに見事です。
少年春男が学校へ出かけたり、雨の中傘をきて走り回ったり、さらには誘拐されたかと思わせる場面などを挿入しながら、主人公雪子(田中絹代)の心の変化を描写していきます。

物語は、頼りない夫と別れ、息子と二人暮らしで銀座で女給をしながら生活する女性が、仕事仲間の女給との関わりや、言い寄ってくる男たちとのやりとり、さらにはほんのりとした恋心、また子供への愛情を描いていくドラマである。ある意味小津安二郎も取り上げた日常ドラマであるが、やはり演出が違うとこうも違うものかと感心してしまう。

しかも微妙な心の変化をわずかな表情の違いで見せていく田中絹代の演技力はたいしたものである。

まだまだ戦争の傷跡の残る町並みをかいま見せながら、少しずつ前へ進んでいく人々の生活の物語は、今みればまたひと味の違うおもしろものある映画である。
全盛期の傑作とまではいかないものの、さすがに成瀬己喜男と言わしめるに十分な秀作でした