くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「女の歴史」「放浪記」「衝動殺人 息子よ」

女の歴史

「女の歴史」
高峰秀子が娘時代から中年の母親役まで一気に演じる成瀬己喜男監督作品である。
成瀬監督作品としては中レベルの映画だったと思います。
一人立ちし美容院を経営する主人公信子、彼女の現在の生活を描く一方で戦中から戦後の混乱期の彼女の物語を交互に挟みながら、夫、その友人、夫の愛人、母などとの人間ドラマの中で微妙に揺れる女心を描いていますが、特に際だったショットなども見あたらない。

ただ、それは成瀬己喜男監督の他の名作と比べての話であり、この映画についても作品のレベルの高さは今更いうまでもありません。

不思議なくらいに揺れる女心が伝わってくるカメラアングルは見事であり、当然のようにラストシーンは雨のシーンなど、これこそ成瀬己喜男監督だと納得させられてしまいます。

夫が戦死し、成人した息子はキャバレーの女とでていったかと思うと自動車事故で死んでしまう。そんなある意味激動の変化を淡々と生き抜いていくたくましい女性像を描かせるとまさに成瀬監督は絶品ですね。
一人息子も死んでしまい、失意の中、結婚を反対していた息子の妻みどりが悔やみにやってくる。功平の子供をお腹に宿したと告げられても、一度は追い返した信子だが、彼女を追いかけ子供を産ませ、自分の美容院で働かせることになって何もかも女ばかりになって映画は終わります。

まさに成瀬己喜男ならではの展開でもあり、常に男は不甲斐ない、あてにならないというテーマがしっかりと実を結んでいく下りには毎回うならされてしまいます

「放浪記」
林芙美子の自伝的小説の映画化作品。監督は成瀬己喜男である。
高峰秀子を中心に据えたカメラアングルを徹底的に踏襲し、貧乏のどん底を必死でくぐり抜けていく主人公の姿が強烈な迫力で伝わってきます。

町並みをとらえる構図のショットが実に美しいのが成瀬監督の特長でもありますが、一方で背後にさりげなく流す静かな音楽の使い方も実にうまい。

物語は主人公の少女時代にはじまり、タイトルの後に貧乏のどん底時代のまだまだ売り出す前の林の姿から本編が始まります。
まだ、海の物とも山の物ともわからない人生をただひたすら、好きな詩を書きながら過ごす彼女の姿がいとおしくもあり、この手の強い女を描かせると絶品の成瀬己喜男の演出がさえ渡ります。

出会う男で会う男みな彼女にとってはマイナスにしかならないような人生の中で、もがきながら、いつの間にか巡ってきたチャンスに一気に開花する人生の不思議にも酔いしれることができます。

苦労の末に放浪記が出版そして、時が経ってひとかどの作家になった彼女の姿が描かれ、かつて貧乏時代に世話になった安岡(加東大介)などが訪ねてくるなどのプロットがつながり、夫である武士(小林桂樹)が疲れた芙美子に毛布を掛けてやって映画は終わります。

成瀬己喜男監督ならではの自立する女の物語であり、回りの男性はどれもこれも頼りない描き方はいつもと同じですが、母親役をやった田中絹代のひょうひょうとした演技が抜群で、しゃきしゃきした主人公との対比が実に楽しくて笑わせてくれる当たりさすが名優ふたりとうなってしまいました。

「衝動殺人 息子よ」
30年あまりぶりに見直した木下恵介監督晩年の作品。
イラスト調の画面を背景にしたタイトルバックが何とも社会ドラマ的なムードを醸し出して映画は始まります。
物語はほとんど覚えていませんでしたが、見始めると次第に記憶が戻ってきました。

少々主義主張を全面にぐいぐいと押しつけてくる演出がちょっと鼻につきますが、細かいカットを矢継ぎ早に挿入したり、時にスローモーションを使ったりとさりげなく様々な映像テクニックを挿入する当たり、さすがに木下恵介監督、平凡な映画には仕上げていません。
そして、時にゆっくりとズームアウトしたり、ズームインするカメラが襖の手前でとまったりと、どこかさめた視点を感じさせる演出もしっかりと押さえている当たりはみごとです。

被害者救済法を設立するために奔走する主人公を描いた実話を元にした物語故にどこかドキュメントタッチも交え、そこに主人公川瀬の何とも言えない哀しみ憤り、ひたむきさを表現させるべくとらえるカメラのショットが実にリアリティに富んでいます。

結局、道半ばにして命がつきて、後は私が継ぎますという妻のことば、そしてその後の被害者救済法の行く末を語るテロップで映画は終わりますが、冒頭のタイトルと同じエンディングの曲に、非常に社会性の強い作品であるという印象づけがしっかりとなされた秀作であったと思います。