くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「女優須磨子の恋」「山椒太夫」「噂の女」(溝口健二監督版

女優須磨子の恋

「女優須磨子の恋」
女優松井須磨子島村抱月恋物語を中心に描く。さすがに、田中絹代の熱演がとにかく目を引く。ストーリーは単純であるが、随所に、溝口健二ならではのワンシーンワンカットを挿入し、田中絹代の鬼気迫る演技をしっかりと見せる演出が、実にアクセントが強くていい。

ただ、作品全体の印象は、ちょっと単調である。田中絹代の迫力に比べて山村聡が弱いというのもあるかもしれない。男を描くことが苦手な溝口健二の弱点がでてしまった作品であるが、さすがに松井須磨子の舞台場面や、芝居の稽古をする島村抱月との掛け合いのシーンは絶品である。

溝口作品の中では凡作ではあるものの、田中絹代の底力を見せつけられる一本でした。


「山椒太夫
始めてみて衝撃を受けてから、すでに7年経っている。しかし、やっぱりすばらしい映画だと思う。特にストーリーの流れが実にスピーディであり、映像がリズムを持っていることに今回気がつくことができた。

もちろん、宮川一夫の美しいカメラも絶品であるが、前半部分はオーバーラップを多用した画面づくりが、ぐいぐいとストーリーに引き込んでくれる。そして、人物の心の奥底に深々と入っていくような展開が止めどなく続き、主人公の心の変化と時の流れを実にうまく組み合わせている。

放浪の旅にでて、人買いに連れ去られるまでの導入部。さらに山椒太夫の元でさげすまれながら、一気に時がたって青年になる厨子王の姿。そして、ふとしたことから、目覚め、脱出し、安寿の死、そして国司となって戻ってきて、クライマックスの母との再会という終盤。ストーリーの組立と映像のリズムが見事なのである。

得意の長回しワンシーンワンカットは終盤にようやく目立つようになると言う映像演出もすばらしい。
やはり、傑作である。


「噂の女」
これはすばらしい傑作でした。名作傑作を放っていた頃のいわゆる全盛期の作品。

京都の老舗の置屋を舞台にしたドラマですが、美術が抜群に美しいし、カメラアングルが見事、さらに溝口健二ならではの長回しの効果も抜群の傑作でした。

京都の老舗の置屋井筒屋の外壁を見下ろし、そこに一台のハイヤーが入ってくるところから映画は始まりますが、このアングルから、この作品はただ者ではないと感じさせてくれる気品が漂う。

ハイヤーに乗っているのはこの家の娘で東京に行っていたが、自殺未遂を起こし帰ってきた雪子と母初子である。威厳のあるたたずまい、着物がさりげなく飾られた室内、広い空間をこれ見よがしに写すカメラの構図の中に、人物をフルショット以上のロングショットでとらえた配置、さりげない室内の調度品や飾り、等々が絶妙である。

自殺の原因は、実家が置屋をしていたということで、母の仕事を忌み嫌っている。初子には医師の愛人的場がいるが、雪子と仲がよくなりはじめ、初子に嫉妬が生まれる。

物語はこの初子と雪子、的場を中心に、置屋の中で起こる女のドラマ、初子に言い寄る原田の姿を描いていくが、時にゆっくりとカメラがパンする溝口健二ならではのカメラワークがすばらしいし、雪子の部屋の壁に掛かる丸い染め物の配置の美しさもみごと。

劇中に登場する狂言の舞台の中に、老年の恋や嫉妬の話があったりする細やかな脚本も目を引く。
体を悪くした店の女にやさしくしてみんなに慕われ始める雪子の描写から、やがて、その女が死んでしまうが妹がまた太夫として働きたいというのを押しとどめる雪子の姿など、次第に雪子が成長していく展開が実にうまい。

ある日、雪子と的場が抱き合っているのを見た初子。ここから、的場がただ金のために母にいいよったかの描写や、雪子にも純粋な心がないように見える展開あたりはやや唐突だが、ここから物語は急展開する。

まもなく初子が過労か倒れてしまう。それにより、店を切り盛りし始める雪子。お客からも慕われ、そこへあの妹がもう一度やってくる。これから座敷にでる太夫が「やめときなさい」といいながら「こういう仕事がいつなくなるのかね」とつぶやいて夜の町にでる。

ファーストシーンと同じアングルでこの太夫をとらえてエンディング。このラストの風刺こそが溝口健二の醍醐味である。どうやって締めくくるかのうまさを見せつけるのである。いい映画でした。