くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「息もできない」

息もできない

韓国でセンセージョンを巻き起こし、名だたるマイナーな映画祭で絶賛、受賞を果たした作品を見てきた。
なるほど、話題になるだけのことはある。

バイタリティあふれる荒削りな映像演出はまさにデビュー作らしい若々しさが感じられ、映画に対する情熱の汗がこちらにほとばしるような迫力がありました。
手持ちカメラを大胆に使い、時にクローズアップを多用したシーンを挿入したりして、リアリティと感情の起伏の激しさを見事に描写していく。
さらに、フラッシュバックや空間のジャンプや過去と現代の交錯シーンなどを巧みに組み合わせていく手腕も見事なものです。

この作品にはある程度の韓国の近代の歴史も知っていた方がいいかもしれない。
急激に資本主義化が進み、その課程で外貨を稼ぐべく政府主導でベトナム戦争に参加、一方で経済成長の渦中で家庭を顧みない父親たちが大量に発生し、一気に家族形態が変化したという背景、これらが今回の作品には非常に重要な役割を果たしています。

主人公サンフンの父はアルコール依存で何をするでもなく半ば呆然自棄になっている。企業戦士であった過去がそれとなく見え隠れし、その後の挫折による姿であるかに見えなくもない。一方のヨニの父もベトナム戦争の後遺症で幻想の中で生きるいわば廃人に近い人間になり、そんな姿を見たヨニの弟も狂気的に暴力をふるう。

韓国が歩んだあまりにも急激な変化は否応なく今までの暖かい家庭にひずみを生み、その結果、親と子の確執となってどうしようもない軋轢となった。

二言目には「クソガキ!、クソアマ」と叫び誰彼ともなく殴り飛ばすサンフンの姿、しかしいざ父が自殺未遂をすると子供のように泣き崩れてしまう。
どうしようもない怒りの中で人に当たり散らしながら生きるしか術を知らない彼の姿は、ある意味非常に切なくもある。そしてそんな彼が出会う高校生ヨニ。
聞いたわけでもないのに、同じ臭いをお互いに感じ急速に惹かれあう。

今まで手にもしなかった携帯電話を手に入れようとしたり、おさない従兄弟に執拗に親しくかわいがろうとする姿。次第にヨニもサンフンもそれとなく心に変化が生まれていく様子が、前述の激しいカメラワークの中で生み出されてくる展開は見事なものである。おもえば、冒頭あたりはやたら「クソガキ、クソアマ」などの罵声が多かったように思いますが、中盤、後半となるとどことなく減ってきていたようにも思えます。

そして、すべてがほんの少し幸福の方向へ向かおうとした途端のなるべくして予想できたラストは何とももの悲しい。さらに続くエピローグ的なヨニの弟の姿がさらに切なさを増幅させてくれました。

見事な作品でしたが、これはデビュー作だから許される大胆さではないかと思います。これをスタイルにするとこの監督は失敗しそうですね。