くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「情婦」

情婦

映画の好きな人が、「ラストシーンであっといわされたどんでん返しのあった映画は何ですか?」と聞かれて、おそらくほとんど人がこの「情婦」をあげると思います。この作品こそが本当の”どんでんがえし”の映画なのです。

もちろん、ラストシーンであっといわせられる作品はたくさんありますが、この「情婦」を知る人にとってはあまりにも平凡といわざるを得ない感想になる。それほどこの映画の見事さはまさに拍手ものなのです。

もちろん、原作のアガサ・クリスティストーリーテリングのうまさもあるかもしれませんが、この作品は完全に映画としてビリー・ワイルダー監督の卓越した演出手腕によるところが大なのです。

そして、今回見直して、改めてこの映画の完成されたユーモア、完成されたストーリー構成、あまりにも鮮やかな脚本の妙味、さらにカメラアングルのすばらしさに感嘆した次第です。

ほとんどのショットがほぼパンフォーカスであること、そして手前に中心となる人物をとらえ奥にその人物の対象となる人物を据えるという構図を徹底していることに気がつく。そして、その構図がついつい私たちの視線を手前より奥の人物に向けられる。そのため、真実を語る手前の人物が当然のストーリーとして私たちの脳に刻まれてしまい、結果としてだまされていくのである。

薄々、事件の真相が見えているにも関わらず、あまりにもさりげないカットを小刻みに挿入するビリー・ワイルダーの演出が私たちにこのままだまされてしまえと逃げてしまうのである。

ところが、そんな私たちの思惑をラストで真相を語るクリスティン(マルレーネ・ディートリッヒ)にして明らかにされてしまうショック。実は有罪であったボール(タイロン・パワー)に、半ば納得して終わろうとする私たちの前にもう一つの真実がいきなり登場するエンディング。

=ここからネタバレ=

裁判の途中でさらりと登場する黒髪の女、そして傍聴席で看護婦に「裁判は初めてで・・」と涙ぐむ女、このどうでもいいようなカットがラスト、実は本当の愛人はこの女で、裏切られたのがマルレーネ・ディートリッヒだったとなる驚愕のラストは、これが”どんでんがえし”なのだ。

さらに、たまたま、証拠品に提出されていた包丁を手に、クリスティンがボールを刺し殺す。
ウィルフリッド卿(チャールズ・ロートン)が静養に出かけるところを看護婦が止めて、次の裁判に「ブランデーを忘れてるわよ」とウィルフリッド卿が隠していたのを知っていましたといわんばかりに伝えるラストのせりふのすばらしさ。思わず、背筋が寒くなります。

これこそ名作。

チャールズ・ロートン扮するウィルフリッド卿が退院してくるファーストシーン、車の中で看護婦と毒舌をつきながらのコミカルなシーンに始まるこの映画のすばらしさ。
そして、自分の事務所に戻るといきなり事件が舞い込んでくる。一気に本編へ入っていくのだが、軽快なほどのリズミカルなせりふの応酬で笑いのなかいつの間にか物語りに引き込まれていくストーリー構成の実身見事なこと。

そして、ほとんどを占める法廷シーンで常に人の配置を画面いっぱいに所狭しと配置し、その中で証人、被告人、弁護人、検察官、陪審員を見事な間合いでとらえていく。
被告人の無実を実に鮮やかに晴らしていくかに見えるウィルフリッド卿だが、判決の後一抹の不安がよぎって、有名なラストシーンへ続くまでの緊迫感とユーモアあふれる細やかなプロットのうまさ。

まったく、職人芸のごとくにじみ出てくる人並みはずれたビリー・ワイルダーの演出力の賜物と呼べる傑作だと思います。