くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「一命」

一命

ご存知のように、この作品の原作はカンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞した小林正樹監督の名作「切腹」と同じ滝口康彦の『異聞浪人記』を基にしている。しかも「切腹」の脚色は名脚本家橋本忍、さらに撮影は名匠宮島義男である。
この日本映画史に残る傑作に「十三人の刺客」同様チャレンジしたのが三池崇史監督。旧作とそのカメラワークや展開は非常に似ているが、カラー作品である利点を生かした赤の効果的な使用、さらに雪景色や紅葉、新緑などを見事に画面に生かしきった様式美の世界は一見に値します。

映画が始まると荘厳な面持ちの武家屋敷である名家井伊家、そのいでたち、中に構える真っ赤な鎧、そしてふすまの巨大な家紋をなめるようにカメラが追っていきます。このあたりのファーストシーンは旧作に非常に似通っていますがカラーゆえに細部にまで汚れなどにこだわった美術セットはなかなか迫力があります。

ここへやってくる一人の浪人津雲半四郎(市川海老蔵)。軒先で切腹をしたいという申し出に、近頃流行の金目当ての狂言と判断した家老(役所広司)は先日来た一人の若侍千々岩求女(瑛太)の悲惨な死に様を語り、引き取るようにと促しますが、あくまで真剣であると答える半四郎を中庭に陣取らせます。そして、ここからがこの物語のいわばサスペンスフルなストーリー展開へと流れていく。

果たしてこの半四郎は何者か、そして介錯人に指名した三人の意味、若侍千々岩求女とのなにやら関係を思わせるそぶりは何か?と行き詰るサスペンスドラマの様相を呈していきますが、荘厳なたたずまいと老中の背後に巨大に描かれた家紋が徹底的な日本的様式美を映し出します。しかし、ちょっとやりすぎではという思いもないではありません。旧作ではここからのカメラワークが実に見事なくらいに徹底的に構図にこだわっているのですが、この新作にしてもそのあたり三池崇史監督のこだわりがそこかしこに見られる。

そしてやがて語られる千々岩求女と半四郎の関係、切腹までのいきさつ。次々と真相が語られてきてクライマックスの大立回りへ。竹光を引き抜いて100人あまりの武士と大殺陣を繰り広げるクライマックスはこれこそ時代劇大作と呼べる豪快なシーン。鎧をなぎ倒す演出は旧作と変わらず、その後何事もなかったかのように取り繕う老中たちの行動も同じ。まぁ原作が同じなのだから仕方ないのですが、三池崇監督の迫真の演出も見ごたえ十分なのです。

自害した求女の死骸が自宅に届けられたシーンで、手に握られた竹光の破片を一つ一つ取り除く美穂のすさまじいショットは真っ赤な血糊の中、毒々しいほどに凄惨である。

千々岩求女と半四郎、美穂らの貧しい暮らしのシーンも実に美しく、決して手を抜かない美術セットと、太鼓を多用した坂本龍一の音楽が本当に見事な効果を生み出している。旧作に似通っているといえばそれまでかもしれませんが、この作品はこの作品としてオリジナリティあふれるシーンもたくさんあるし十分に完成度の高い近頃珍しい時代劇の秀作に仕上がっていると思います。かなり海外の映画祭を意識した演出にはちょっと鼻につくといえなくもありませんが、いい作品だったと思います