くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「にっぽんのお婆あちゃん」「山びこ学校」

にっぽんのお婆あちゃん

「「にっぽんのお婆あちゃん」
1962年の作品である。1962年といえば日本は高度経済成長に浮かれていて、毎日がめまぐるしいほどの発展の日々であった時代である。この年に、ここまで真正面から高齢化社会の問題、老人の問題、そして核家族の問題を真正面にとらえている今井正の視点、さらに脚本の水木洋子の感性に背筋が寒くなるほどの衝撃を受けてしまいました。

その意味で、この作品は公開当時でこそその本当の真価が認められる作品と言えばそうかもしれない。しかし、登場してくる俳優たちが誰をとっても主人公になってもおかしくない名優、老俳優ばかりなのには驚いてしまう。もちろん、中心になるのはミヤコ蝶々北林谷栄の二人であるが、平行して描かれる養老院での物語にもそれぞれの個性を見事に演じきる俳優たちによる群像劇が展開する。

どのシーンをとっても今井正の視点は非情なくらいに冷酷で、コミカルなシーンであるにも関わらず手放しで笑えないところがあるのは、この作品がある意味辛辣な社会ドラマとしての様相を呈しているからだろうと思う。

今井正監督はそれほど映像に技巧を凝らす人ではないだけに画面からストレートに表現してくる問題意識は直接みている者の胸に突き刺さる迫力がある。

映画が始まるとミヤコ蝶々北林谷栄扮する二人の老婆が街角で橋幸夫のレコードを聴いている。聞き終わると店員から300円ですといわれ文句を言いながらお金を払うところから物語が始まるのである。

一方、ある養老院の日常がコミカルな中にどこか、老人たちの乾いたそれでいて残酷な人生の末路を思わせる行動がそれとなく描かれ、一人の老婆が行方不明であることが語られる。この老婆がラストで北林谷栄扮する老人であることがわかる。

一方の二人の老人はふとしたことから食堂で働く娘と知り合い、その娘の寮で騒ぐシーンやら、木村功扮するサラリーマンとのエピソードが語られ、やがて一日を終えた二人はそれぞれ北林は養老院へ、ミヤコ蝶々は息子たちと同居している団地へと帰っていく。団地のショットが当時の日本の核家族の典型的な姿を浮き彫りにし、息子の嫁に疎ましがられるミヤコ蝶々のシーンが描かれる。

一方の養老院に戻った北林は誕生会の席で得意の踊りをみんなと騒ぎ、その様子を地元のテレビが伝えているシーンをミヤコ蝶々が目にする。そして、一度は自殺を考えたものの、一人養老院へいく決意をして映画が終わる。何とも寂しいエンディングであるが、当時この映画を見た人は身につまされるほどのリアリティでこの物語を受け止めたと思う。

さりげないカットやせりふの中に徹底的にシリアスなテーマを盛り込み、決して手を抜かない辛辣な演出は今井正監督の個性であろうと思いますが、まだそれほどの作品にふれていないので今回の特集でじっくり勉強したいと思います。

「山びこ学校」
綴り方作文集を原作に八木保太郎が脚本を書いた作品で、1952年作品である。

東北の貧しい農村の子供たちが生徒の中心である山間の小学校を舞台に当時の貧しい東北の農家の実体を辛辣なほどのリアリティでドキュメントタッチで描いていく。それぞれのエピソードが次々と展開し、それを木村功扮する教師がつないでいくというスタイルをとっている。

家を手伝うためにやむを得ず学校を休む子供、修学旅行に行くお金がなくていけないクラスメートを助けるために家業を手伝おうとする子供たちの姿、貧しいために奉公に出されていく子供などのエピソードを次々つないで語り、そのそれぞれに木村功扮する教師の具体的な的を射た言葉が子供たちの心に訴えていく展開が無駄がなくリアリティ満載に語られる。もちろん、当時の日本の姿は本などでしか知らないが、この映画が語るかつての日本の歴史の一ページが切々と胸に迫ってくるのである。

圧巻は農家の娘が売られていき泣く泣く客を取る姿を陽気に歌った「トンコ節」を説明する木村功のシーンである。まだ、小学校の生徒たちに向かって、体を売らざるをえなかった娘たちの悲哀を説き、そして最初は笑っていた生徒たちが次には真剣な眼差しでその歌詞をかみしめる。小学生でさえも娘の身売りについての現実を理解できた当時の社会の姿を見事に映し出した名シーンである。カメラは木村功の背後から大勢の小学生たちの姿を画面いっぱいにとらえるのである。寒気がする辛辣な画面演出と呼べると思います。

また、浜辺でじゃれあう生徒たちの中で女の子に男の子がからかわれて追いかけるシーンで、木村功が少年たちの心の成長、異性を意識し始める姿を丁寧に、逃げることなく説明するシーンもすばらしい。

常に木村功扮する教師は生徒たちにもそして貧しい生徒たちの家庭の家族にも真正面から、そして自分の生活の貧しささえも隠さずにぶつかって丁寧に説明し理解を求め、さらに先を見つめるように諭していく。

近頃はやりの教科書のような学園ドラマのリアリティとは雲泥の差があるほどに大人の学園ドラマとしての完成度の高さは全く脱帽する思いです。そして、戦後間もない中で、世間が明るい未来を目指して娯楽一辺倒で映画を作っていた時代にこれほどまでに辛辣なテーマを真剣に作った今井正ほか当時のスタッフに拍手したいと思います。いったい、現代、ここまで本当の問題点を大人の視点で描ける映画監督がいるだろうか。やたら暗いばかりで内にこもりわけもわからず社会は敵だとわめく若者の映画とはあまりにもかけ離れたすばらしい大人の視点。これこそ今井正の力量ではないかと思えるのです。

この作品は賞をとったほどの名作として紹介されていませんが非常にレベルの高い一本だった気がします。