くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「鍵」(市川崑監督版)

鍵

市川崑監督の「鍵」を京都まで見に行った。
いやぁ、物語もめちゃくちゃにおもしろかったけれど、カットつなぎのリズムのうまさといい、さすがに市川崑の演出は見事、絶品でした。しかも、最後の最後、刑事の前で飄々と自白する北林谷栄の演技も最高。まさに、傑作でした。原作は谷崎潤一郎で、この後、何度か映画化されているその最初のものです。

映画が始まると、いきなり仲代達矢扮する医師、木村の顔のアップから始まる。横長のスクリーンのど真ん中にどんとくるファーストシーンで度肝を抜かれる。そして、ゆっくりとカメラが引いて、、木村がいすに座る。剣持と対峙する木村のカットが、何カットか組み合わされる。このあたりのテンポが見事である。

大学の診察室。京都の名士で、古美術の権威でもある剣持が診察にきているのだ。しかし、ここにきたことは内緒にしてほしいという。通り一遍の健康チェックをするだけだが、どうやら、いつまでも性的な第一線にいたいということで、精力剤のような注射をしているらしく、血圧が気になる。

そして、剣持が帰る。と画面が変わり、その妻郁子がやってきて、夫の様子を聞く。彼女が帰ると、今度は娘敏子がやってくる。どうやら、木村と敏子は許嫁であるらしい。それぞれが、車や電車で帰り、降りたところでストップモーション。そして、その背後にタイトルがかぶり、そのままシーンが動き出して本編へ。まさに市川崑らしい映像遊びである。

家族それぞれは、木村も含めて妙にぎくしゃくし、この家も今や裕福ではないようである。夫の剣持は未だに妻郁子を愛し、性的に衰えたくないために、必死である。そんな両親に嫌悪感を持っている敏子の姿もまたぎくしゃくしている。

まかない女中、はなの存在も妙に気になる。淡々と食事の用意などするが、実は色盲で、農薬の入った赤い缶と磨き粉の入った青い缶を間違えて台所においていて、とがめられる前半部分のシーンがある。間違えないように、缶の中身を入れ替えるショットがそれに続くが、これがラストで生きてくるのだ。

異常な高血圧になっていく剣持は、それでも、妻郁子を酒に酔わせ、風呂に入って気を失った郁子を一人で全裸写真を撮って、自らの性欲を保とうとしている。さらに、そんな郁子を木村に見せることで、嫉妬を生み、それもまた自分の性欲の糧にしているのである。なんとも、不可思議なほどの嘆美的な展開だが、中村鴈治郎がやると、妙に下品さがないからみごとである。

しかし、どうやら郁子は夫を興奮させて、殺したいようである、というのが中盤から見えてきて、そんな怖さが画面からにじみ始める。夫の要求に応えるときの何気ないほほえみなどが郁子から漏れている。さらに、木村も美しい郁子のいわれるままに接していく。家族の誰もが、剣持に気持ちが向いていない冷たさもまた独特のムードを生み出していく。

やがて、体を悪くした剣持をいいことに、木村に鍵を渡し夜中に忍んでこさせる。さらに、それに疑いを持った、今は言葉の発せられない夫の前で全裸になり、とどめを刺す郁子。

葬儀が済んで、一段落の後、郁子、敏子、木村が食事をしている。敏子が、隠していた赤い缶から、農薬だと思っている粉を紅茶に入れて出す。しかし、中は磨き粉だから何ともならないのを怪訝に思っていると、缶の裏に「どく」と書いて、見分けられるようにしていたはなが、サラダに農薬を振って持ってくる。そして、三人は死んでしまう。

木村が、食事の場面で、この家族からもそろそろ離れないといけない、などと心に思っているシーンがコミカルで、されに続いて「なんで、ここで殺されなければいけないのだ」といって突っ伏すシーンも妙に笑える。敏子も死に、郁子は、はながまちがえたのだと非難しながら突っ伏すが、実は、はなはわざと毒殺したのである。このラストは原作と違うのだそうです。

このラストのどんでん返しが最高。さらに、郁子が初めて書いた日記の最初のページに「天国で・・・・」と書いてあるのと、経済的に息詰まっていた剣持家の様子から、自殺と判断し、はなが一生懸命自白しても、取り合わない刑事の姿もまたコミカル。

アップ、カットバック、フルショットなど、編集テクニックを駆使して生み出す映像のリズムが抜群である上に、俳優たちの迫真の演技と、小気味よい展開の脚本を堪能できる傑作で、さすが、市川崑、見事な映画を撮ったものだとうならせる一本でした。残念なのは、フィルムが色あせていて、せっかくの名カメラマン宮川一夫の力量をみられなかったのが本当に惜しい。色彩にもこだわる市川崑の映画故にさらに残念でした。でも、すばらしい映画だった。