くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「黒部の太陽」

黒部の太陽

石原プロがその至宝として大切にし、DVDにさえもせず公開してこなかった「黒部の太陽」を東日本大震災チャリティとして全国公開をした。映画ファンとして劇場で見るのを夢にしていた作品の一本を今日見ることができた。

監督は熊井啓。この人は人間ドラマを描かせると実にうまい。映像にこるタイプではないのですが、登場人物の心の動きが手に取るように伝わってくる。この作品ではそれとは別に、カメラの位置のすごさに頭が下がる。今にも滑り落ちそうな崖をなんの特撮も使わずにカメラがとらえていく。もちろん演じる俳優もすごいが、大重量のカメラを担いでいるカメラマンがなんといっても命がけである。その鬼気迫る撮影方針が恐ろしいほどのリアリティを生み出していく。

真っ赤な太陽が黒部の山の向こうにあがってくる。そしてタイトル。とたんに雪景色の日本アルプスが延々とらえられクレジットとなる。このジャンプカットによるタイトルバックで一気に作品に引き込む手腕はさすがに頭が下がる。

大スターとして押しも押されぬ石原裕次郎。この俳優の向こうを張れるカリスマ性のあるスターは三船敏郎しかない。物語は北川(三船敏郎)が関電の大英断を受けて黒部ダム建設の責任者となるところから始まる。物語が前半のやや半分のあたりでもう一人の主役石原裕次郎扮する岩岡が登場。そして、男のドラマが徹底したドラマティックな演出で展開する。時にじっくりと据えたカメラが男同士の会話を見つめ、時に今にも崩れそうなトンネルの不気味さを細かいカットで映していく。

大きく俯瞰で全体をとらえながらも人間の顔のクローズアップを挿入する映像のリズムはこの作品の前半部分をぐいぐいとひっぱっていく。そして、特徴的なのはその音の効果的な利用である。緊張するシーンでは周りの音が完全に静寂と化し、蝉の声だけが聞こえたり、したたる水の音でせりふが消えたりする。時には全く音のしないシーンもある。この音の演出はこの作品全体に非常な緊張感をもたらしている。

さて、破砕帯に遭遇し大量の水で落盤するシーンで前半が終わり休憩。後半はこの破砕帯を克服する苦労と北川の娘が白血病になり余命幾ばくもなくなる下りが描かれていくが、後半部は美しい構図を多用した映像的に美的なシーンが時折挿入されるようになりやや叙情的なショットも見られる。その一方で、苦難を極めるトンネル工事のクライマックスが語られ、緊張感は徐々に最高潮に達し、作業員たちの疲労感も頂点に達していく様がトンネル内の狭い空間を縦に行き来するカメラワークで展開していく。

常に水浸しのシーンで、登場人物がひしめくように工事をする中で北川と岩岡の行き来するシーンと一方で苦難を乗り越えるために四苦八苦する上層部のやりとりが描かれるリアリティは半端ではない。トンネルシーンもすごいがその中でうごめく大勢の作業員の姿も半端ではなく、ものすごい物量と資金を投入した超大作であることを目の当たりにする。これだけでもこの映画を見た甲斐があるというものだ。

そして、物語はクライマックス。苦難の末破砕帯をぬけ、反対側からの掘削工事と合流する寸前で、いったん作業をやめた北川たちの後ひとり岩岡が削岩機で穴を掘って貫通するというとってつけたようなエピソードでまさにスター映像も見せるところもまた憎い。

貫通の祝賀の席で北川の娘が死んだ知らせが届き、大団円の後トンネルを利用して黒四ダムが建設される下りをドキュメント映像を利用して描き、完成後、かつての苦難を思い起こすように北川と岩岡がダムを訪れるシーンでエンディング。このエピローグは必要だったかどうかはともかく、やはり関電のバックアップ故の挿入された映像であったかもしれません。

何度も書きますが、まさに超大作という貫禄十分の迫力満点の作品であり、にもかかわらず決して間延びしているわけでもなく重厚なくらいの人間ドラマが描けているし、工事の緊張感も見事に伝わってくる。まさに大作らしい超大作と呼べる見事な一本でした。充実感に浸れる3時間あまりだったと思います。