現在日本で見られる小津安二郎監督作品のコンプリートスクリーン上映、最後の一本は「小早川家の秋」、ついに完走。
30数年ぶりで見直した小津安二郎監督の晩年の一本。東宝でメガホンを撮った作品で、当時の東宝松竹の看板俳優が目白押しに出ているオールスター映画である。そのために、それぞれの俳優にちらりとでも出番を作っている風が随所に見られる。
それよりも、目を見張るのが中井朝一のすばらしいカメラである。
落ち着いた発色のアグファカラーを最大限に取り入れ、まるで木の温もりが伝わってくるかと思えるほどに茶色を基調にした美しい画面が次々とスクリーンを彩ってくる。しかも、座敷の背後に見える灯籠などの中庭の美しさのみならず、土蔵の壁になったり、煉瓦の壁になったりする色彩配分の美しさも絶品。さらに、障子にいれ込んだガラスに映る家紋や、下げられた御簾、流れるような暖簾のような目隠しなどなど、徹底的にこだわった美術の趣味の良さにもうっとりしてしまうのです。
ここまで、感性がするどいと、見る場面見る場面がとにかく絵のように美しく、そこで繰り返される物語にどんどん引き込まれてしまう。
物語は森重久弥扮する磯村が、加東大介扮する北川から、未亡人で兄の娘秋子(原節子)を紹介するためにバーで飲んでいるシーンに始まる。森重久弥の絶妙のコミカルな演技で引き込んだ後、舞台は作り酒屋で北川の兄万兵衛が主人の小早川家に移る。
いまや、娘文子とその夫久夫に店を任せている万兵衛は、若い頃からの放蕩癖がまた最近出てきたようである。一方で娘紀子の結婚と秋子の再婚に頭を痛めている。
小津安二郎ならではの松竹風の家族の物語に、東宝的な老舗の商家の放蕩主人の話が絡んでくる展開は、他の小津安二郎作品とちょっと色合いが違う気がする。しかも、笠智衆が川で何か洗っている彼方に焼き場の煙突があったり、名古屋に嫁いだ娘が杉村春子だったりと、あちこちにおなじみの俳優が出てくるのだからもう豪華絢爛。
茶色を基調にした中井朝一のカメラがとにかく美しく、ローアングルのショットもさることながら、部屋を斜めにとらえて人物を廃した構図など、次の「秋刀魚の味」でも見られるやや斜に構えるカメラも見られる。
もちろん完成された映像にうっとりし、一挙手一動まで演出指導したのではないかと思えるようなシーンも多々あり、小津芸術の映像世界を堪能することができました。
一度は持ち直した万兵衛が、京都の佐々木の家で再び発作を起こして突然なくなり、その骨上げのシーン、小早川家の店が合併されていくという話へと流れるもの悲しい展開がラストになる。
川から焼き場の煙突を見る笠智衆らのシーンから、カラスが川岸にとまるシーンでエンディング。黛敏郎の音楽がどこか怖いほどに流れるラストが、まるで、遺作まで後一本になっている小津安二郎の人生を予感させるほどに不気味でさえあります。