くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「野菊の如き君なりき」

野菊の如き君なりき

木下恵介監督のこの作品の感想を書くのは二度目です。
5年前に始めてみたときは一緒にみた「紀ノ川」が余りにすばらしくて色あせて見えたが、今回見直してみるとこれはこれですばらしい映画だったことに気がつきました。ラストシーンは涙が止まらず、徹底的に抒情的に描ききった木下恵介の演出がきらきらと光輝いていた気がします。

杉村春子浦辺粂子の二人の大黒柱のような女優がこの作品をしっかりとささえ、主人公を演じた二人がそのはかなくも危うい初々しい姿を前面に出して作品を揺れ動かしていきます。その絶妙のバランスに他の作品でも書きましたが引き込まれるような美しい映像が全体を押し包んでいく。

老いた政夫が回想するという構成で、川をさかのぼる船で語り始めるところから映画が始まる。そして回想シーンになると白い丸い枠が画面を取り囲むのであるが、最初にみたときは少し気になったがその実験的な試みはまさに木下恵介らしい。そしてその丸い中で展開する切なくも悲しい政夫と民子の物語が実にいたたまれないほどに身に迫ってくる。

いとこ同士でしかも民子が二つ年上故に村人からよけいな詮索と噂をされて、そんな世間の声に引き裂かれていく二人。ただ杉村春子扮する政夫の母と浦辺粂子扮する民子の祖母の心根が実に身に迫ってくる。民子の結婚を承諾させた後、浦辺粂子が「かわいそうに、かわいそうに」と二度繰り返す。一度ではなく二度繰り返すときのせりふのトーンの見事さに思わず涙がにじんでくる。しかも自分が一番幸せを感じたのは、本当に好きな夫と結婚が決まったときだというのだからたまらない。

政夫の母もなんとか二人を応援したいものの、世間の声を正しいものと信じて二人のためを真剣に思って引き裂いていく姿が実にいたたまれない。杉村春子でなければ演じられないのではないかと思えてくる。

そして、抒情的な景色の美しさ。特に、綿摘みに行かされた政夫と民子の道すがらのシーン。ゆっくりと一人をカメラが追い、向こうにもう一人が草花の隙間に映し出される。道ばたに咲く様々な野草が揺れるように二人を象徴する。そして、有名なせりふ「君は野菊のような人だ」「あなたはリンドウのような人よ」。うならざるを得ない卓越したカメラと映像演出である。

シネヌーヴォーでもらったこの作品の評にも書かれているが、この作品は他の木下恵介の作品と違って抒情的な演出が徹底されている。他の作品にはどこか根底に社会的なメッセージが見え隠れするがこの作品に限っては日本の古き時代性ゆえに引き裂かれていく幼い二人の恋がストレートに描かれているのである。その点で物足りない人もいるかもしれないが、逆にそれゆえに純粋に木下恵介の抒情性を感じ取ることができるかもしれません。

民子の死によって泣き崩れる政夫のシルエット、母が寄り添い良かれと思ってしたことが民子の悲劇になったことが語られる。臨終の床で民子は政夫の手紙とリンドウを握りしめていたというせりふでどっと涙があふれる。

そして、年老いた政夫が民子の墓の前にたたずむ。エンディング。これが文芸映画の極みである。本当に良かった。