くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「しとやかな獣」「氷点」「地獄門(デジタルリマスター版)

しとやかな獣

「しとやかな獣」
聞きしに勝る傑作。吹っ飛んでしまう感性豊かな才能がもたらす映像の遊びの数々に堪能させられてしまう。自由に映像を駆使してストーリーを見せるならこの映画に勝るものはないかもしれない。

能か狂言か鼓の音をバックにとあるアパートの一室を外からのぞいている画面から映画が始まる。なにやらあたふたと片づけている。どうやら息子実の会社の社長らがくるらしい。息子の実は会社の金を横領したらしいが、この両親がその金で贅沢な暮らしをしているらしい。飄々と息子の行動にしらを切る伊藤雄之助山岡久乃の前田夫婦の会話がなんとも滑稽でコミカル。

そして、人気作家の妾になっている娘の友子も帰ってくる。それをまた気楽に受け入れる前田夫婦。

会計係として登場する若尾文子扮する三谷幸枝。実はこの物語の一番背後で操っている大物が彼女である。彼女は自分が旅館をする金を作るために実だけでなく、社長も、税務署職員も果ては会計士、さえも手玉に取っていたのだ。

カメラが縦横に彼らの動きをとらえる。窓やドアののぞき窓を効果的に配置する効果的なカットの数々。室内でゴーゴーを踊ってみたり、突然狂言の鼓とともに画面が止まったり、空が真っ赤に染まったり、表現の限りを尽くした映像が繰り返されるが、カメラはこの室内をほとんどでない。たまにでても廊下まで。さらに幸枝が真っ白な階段を上り下りするシュールなカットまで挿入され、まるでこの物語が現代の狂言劇のごとく見せてくる。

とうとう、税務署員が捕まりなにもかもが明るみになりかけても動じることなく飄々と自分は大丈夫とうそぶく幸枝に前田夫婦もあきれるやら感心するやら。そのまたドライな展開もドキッとするほどのブラックが見えてくる。

入れ替わり立ち替わりこのアパートにやってくる人々をなんともバカにしたように見ながらもこれが現代(高度経済成長まっただ中の製作年度)だと大声で叫んでいる川島雄三の演出と新藤兼人の脚本の妙味。

都会の殺伐とした現代社会の中でクールとドライをはき違えたような無味乾燥な登場人物たちの姿をこれまたクールな視点でさめざめととらえる川島雄三の視点もまた毒々しい。最後の最後、税務署員がアパートの屋上へ向かうショットと自殺をほのめかすカット、外は雨で前田夫婦はガラスを締める。山岡久乃が振り返るアップでエンディング

脚本は新藤兼人。この人の視点もまた手厳しいほどにクールである。ひしひしと伝わるメッセージがあるようにも見える反面、世の中を鼻で笑ったような川島雄三の視点が本当におもしろい。まさに才能が生み出す傑作とはこういう映画をいうのだろう。見事でした。


「氷点」
いわずとしれた三浦綾子原作の名作を水木洋子の脚本で山本薩夫が監督した作品。

山本薩夫のカット編集で見せるモンタージュ編集のうまさに感服してしまいます。ピアノを弾く夏枝のファーストショット。突然背後に立つ夫啓造、テーブルの上の二つのカップ、啓造のアップ、そそくさと片づける夏枝の後ろ姿。ルリ子の行方不明の声。一瞬で夏枝と村井の関係を勘ぐる啓造の疑念に娘ルリ子の死が被さってきて一気に緊張感が作品に走る。この導入部が絶品。

そして、物語はハイスピードでルリ子を殺した犯人である父の子供を養女に迎え、やがてその養女が陽子という名で成人するまでを描いて物語は本筋へすすみ、陽子と夏枝、兄徹、恋人となる北原の物語へ一気に突入していく。よけいな展開にぶれることもなくこの作品の核心のみを抽出した見事な脚本である。

原作を知らないので、どこまでが映画としてのフィクションかは不明ですが、夏枝が北原に寄せる視線は悪くいえば中年女の嫉妬であって、決して陽子への憎悪でもない。そうなると夏枝は村井と本当に深い関係があり、その意味で醜いキャラクターにも見える。橋の上で徹が妹としてでなく女として陽子と接したいと告白したり、ソファに眠る陽子に帰ってきた啓造が陽子を女として一瞬見るショットなどの毒はまさに水木洋子の世界観でもある。

夏枝の嫉妬心から陽子が真実を知りそのまま自殺へと向かうまでの細かい編集の妙味もまた山本薩夫演出力がさえる。徹が不在、夏枝が暴露する、北原がかばう、啓造がもどる、陽子が手紙を書いてそのまま雪の中へ。陽子の姿と徹の姿が繰り返される。そしてクライマックスへ。

どういう形で助けられたかという無駄なシーンは全く削除され、陽子はねかされて啓造たちの看病を受けている。啓造の友人の高木が陽子のさらなる真実をもってくる。そして、陽子は助かり、画面は雪の中を走る汽車を遠景でとらえてエンディング。

果たして彼らにこれからどういうことが起こるのか?未来を想像させるラストシーンに映画としての醍醐味を残す水木洋子の脚本が本当にすばらしいし、緊迫感から一気に解放させてエンドタイトルを流す山本薩夫のリズム感も見事。

卓越した文芸映画の手本のような秀作でした。良かった。
「地獄門」
この映画を30年近く前に見たときは完全に色あせていて全体がピンク色だった。大映初のイーストマンカラー作品でカンヌ映画祭グランプリ、アカデミー外国語映画賞(当時名誉賞)受賞作品なのでその色落ちにひどくがっかりしたのを覚えている。今回見たのは2011年にデジタルリマスタリングされたプリントである。

色鮮やかという言葉はこの映画にいうのあろう。それほど、開巻一番にその色彩の美しさに感動してしまい、さらに画面に釘付けになってしまいました。それほどにすばらしかった。歴史絵巻とはこういうものなのでしょう。しかも、物語も日本人の心を叙述に表現した世界であり、初めてみたときはその機微がわからなかったけれども今回はストーリーにも胸が熱くなってしまいました。アカデミー賞カンヌ映画祭受賞が当然といえる名作でした。

画面が始まると蒔絵が刷り込まれた箱、そして絵巻物が広げられて物語が始まります。鮮やかな衣装を身にまとった人々の中にひときわ光って京マチ子扮する袈裟が目にも鮮やかな十二単をまとって現れる。その朱色が画面の見せ場をかっさらったかのごとく際だっている。

背後の馬の飾りものや美術セットもさることながら、木々の緑さえも光の反射を受けて光っている。

物語は盛遠という荒武者が、戦の手柄の褒美に平清盛に戦場で見初めた一人の女袈裟を嫁にもらいたいと願い出るが、袈裟は渡という武者の女房であった。どうしてもあきらめきれない盛遠は執拗に袈裟に迫るが、最後は渡を含め親族を皆殺しにすると迫る。どうしようもなくなった袈裟は渡の身代わりになる決意をし、最後の別れの宴を渡と交わした後寝所を入れ替わり、盛遠に殺される。

自分の業の深さを恥じた盛遠は渡に斬ってくれと迫るも、当の渡も自分にすべてを打ち明けてくれなかった袈裟の心が切なく、盛遠を斬らない。盛遠は出家をし渡ともども自分を責めさいなむ決意をする。

クライマックスの別れのシーン、それに続くラストシーンはまさに日本人が忘れかけていた心の世界であり、色彩の美しさも相まって画面に引き込まれのめり込んでしまいました。

凝縮されたストーリー展開と丁寧なカッティング、見事な色彩画面で見る人を魅了するまさに名作の貫禄十分な映画でした。すばらしかった。