くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「横道世之介」

横道世之介

非常に平凡なドラマで、宣伝に唄われるような主人公横道世之介も際立って個性的な存在としても描かれていない。にもかかわらず、淡々と語られていく’80年代の青春物語が実に心地よくて、なぜかいつの間にか胸の中の思い出の一ページとしてこの作品を心に刻んでくれるのです。二時間を越える長尺ドラマですが、見終わって、なんかまるで横道世之介がかつての自分であったり、いや自分の近くにいた親しい友人で会ったりとして見えてくるのがなんともノスタルジックでさわやかなんです。いい映画でした。久しぶりに見た大好きな吉高由里子ちゃんがかわいかった。

監督は「南極料理人」「キツツキと雨」の沖田修一さんでそれほど劇的な演出も奇をてらったこともする人ではないのですが、なんか静かに流れる雰囲気がいつの間にか心を打ってくる映画を作る人ですね。その意味でも好きな監督さんです。

物語は主人公横道世之介が長崎から上京してくるところから始まる。下宿に入っていくシーンからして非常にスローなリズムで始まるので、導入部だけを見ているといったいこんなペースで二時間以上大丈夫かと思われる。大学で倉持や加藤という友人を作り、普通の大学生活の中でちょっと意味ありげな美しい女性千春さんに心惹かれたりするけれどそれでも普通の青春ドラマです。

強いて動き出すとすれば、吉高由里子扮するお金持ちのお嬢さん祥子と出会ってからでしょうか。ここからどんどん画面に引き込まれていくのですが、なにがどうというエピソードがあるわけでもない。物語の冒頭からそうですが、横道与之助がかかわった人の現代が挿入され、そしてまた学生時代に戻ると言う過去現代を交えた構成を繰り返す展開になっていて、中盤でラジオのDJになった千春が横道与之助がホームに落ちた女性を助けようと飛び降りて死んでしまったことを語る。そして、ここからはすでに近い将来死んでしまう主人公の青春時代の物語として語られていくのである。

凡々とした演技を一貫する高良健吾のキャラクターと天性の陽気さと、個性でどんどん前に進む吉高由里子が普通の恋人同士で普通の誰にでもあるような青春を過ごして行くのが実に心地よいほどに作品全体のムードをしっかりとしたものにします。このふたりのドラマの配分のうまさが全体としての一本の物語の筋立てをぶれさせなかったのがこの映画のいいところではないでしょうか。

祥子がフランスに旅立ち、これが最後になる世之介とのエピソードから、世之介の死後三ヵ月後に祥子にとどいた世之介の母からの手紙が語られてエンディング。同封される世之介が初めて撮った写真が、祥子が世之介とのクリスマスの夜に書いた「ベルサイユのばら」の絵に包まれている。振り返れば何のことはない物語だったのです。なのになぜか良かったなぁという満足感が残るのです。そんな映画でした。