「智恵子抄」
いうまでもなく、彫刻家高村光太郎と妻智恵子の純愛物語である。
とにかく岩下志麻の鬼気迫る熱演につきる作品でした。
映画は、酒場で荒れている高村の元に椿という男が近々、智恵子という娘を連れていくから見合いをしてみろというシーンに始まります。
そして、高村は智恵子と出会うのですが、画家を目指す智恵子と芸術的な分野で意気投合し、いつの間にか交際して一年が過ぎる。なかなか言い出せない高村に智恵子が迫り二人は結婚。元来、心の繊細な優しさを持つ高村は、芸術家の心根を理解する智恵子と相思相愛になっていく。智恵子は智恵子で日々油絵を描いて過ごす。
順風満帆に見えた夫婦生活ですが、智恵子が文展に落選、実家の福島が火事で、父が死んだことなどからの精神的な重圧がしだいに彼女の精神を犯していく。
狂っていく智恵子を献身的に支える高村の姿が後半の中心になります。
化粧を落として、地の姿でわめき散らし暴れる智恵子を岩下志麻が見事に演じていく。
カメラが変わったせいでしょうか、今回の中村登監督特集でみた、人物を横長の画面の中心にすっくと配置する構図はこの作品ではみられません。普通に横長の画面の左右に配置されたり、中央に立ってもどこか斜めに構えている構図が使われている。
そのためか、どこか普通の映画に見えなくもないのですが、芯の通った演技を見せる俳優たちとじっくりと彼らをとらえていくカメラ演出が実にシリアスで、二時間あまりが全く退屈しない展開でラストを迎える。
智恵子が肺炎で死んで、老年になった高村が雪深い山小屋で智恵子の像を作るシーンでエンディング。静かだ、そんな名作文学の読後感のような感動が残る一本でした。
「ローマでアモーレ」
ウッディ・アレン健在、本当にこういう映画を作らせると彼は絶品ですね。今回も彼独特の知性あふれる、それでいて皮肉いっぱいのユーモア満載コメディが炸裂しました。本当に傑作です。
彼のリズム感性は毎回驚かされますが、今回もしかり、映画が始まると軽快なテンポで音楽と映像が踊り始めます。そしてローマの町並みを美しくとらえて、大きな交差点で一人の警官が交通整理をしている。そして、観客に向かってこれから登場する人物を紹介し始めるのです。
映像の感性のすばらしさにも目を奪われます。今回もローマの町並みが、今までどの映画にもとらえられたことのないようなアングルで映し出されていく。
有名な建築家ジョンは妻と休暇旅行にきている。
恋人の両親に会うためにやってきたヘイリー。そこへ彼女の両親が飛行機でやってくる。かつては有名なオペラの演出家ジェリーとその妻である。
結婚を控えたミリーとその彼氏アントニオ、ミリーはローマの町で道に迷ってしまう。迷っていて、大ファンの映画スターであるルーカと出会う。
一方のアントニオの部屋に間違って娼婦のアンナが登場、そこへ親戚の叔父たちがやってきて、アンナをフィアンセのミリーだと紹介する・・。
恋人のサリーと同棲している建築家の卵ジャックは町でジョンと出会い、同棲している彼女の家に。そこに、サリーの親友でちょっと小悪魔のモニカがやってくる。まるで影のようにジョンが突然現れてジャックの会話に入ったりする演出がまた楽しい。
平凡なサラリーマンレオポルドはある朝、突然豪勢な車に出迎えられ、訳も分からず有名人になって、テレビや等に追いかけられ、美女にモテモテになる。
ジェリーが招かれたヘイリーの彼氏の父親ジャンカルロはシャワーを浴びるとすばらしい美声を発する。葬儀屋であるが、ジェリーに認められて、シャワーを浴びながら舞台でオペラをして有名になっていく。
人それぞれにはかなえたい夢がある。それは壮大なものもあれば、たわいのないものもある。この映画はそんなちょっとした人々の夢を一瞬叶えながら、人生の喜怒哀楽をアイロニー満載で描いていく。そこにウッディ・アレンのすばらしい感性が生み出すリズム感が映像全体を被い、見事な人物描写が、下手をするとごちゃごちゃになるストーリーを、絶妙のタイミングで時間と空間をカットする演出で整理して見せていく。これはもう才能以外の何者でもないと思う。
そして、オペラの舞台で有名になったジャンカルロも最後は葬儀屋に戻って家族と抱き合う。訳も分からず追いかけ回されたレオポルドも、世間の興味がほかに移ると、普通の人に戻り、妻と町を歩く。大スターとのベッドインかと思われたミリーも、あわやというところで、強盗がはいり、そこへ、ルーカをつけてきた妻がドアの外に、強盗の機転でルーカを隠し、強盗とミリーがベッドイン。事なきを得た大スターは逃げ、ミリーは強盗とSEXするアバンチュールを経験。一方のアントニオも童貞だったが、アンナのテクニックを経験して、やがてホテルに戻ってきたミリーと熱いキスを交わす。ジャックもサリーと分かれてモニカと恋人になろうとしたところでモニカに映画出演の話の連絡が入り、あっさりとふられ元の木阿弥に。ジョンはジャックと出合った街角で別れる。
カメラはローマの階段を俯瞰でとらえ、傍らのアパートのベランダから最初の警官が現れ、最後の言葉を発してエンディング。
再び軽快な音楽にエンドクレジットがかぶっていく。
まったく、ウディ・アレンは近年さらにこの手のしゃれっ気に磨きがかかってきた気がします。本当に楽しかった。