「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」
基本的にドキュメンリーはみないのだが、ベネチア映画祭金獅子賞受賞作品として絶賛されているとなれば、逃すわけにも行かず、見に出かけた。
ローマをぐるりと取り巻く高速道路を中心に、その周辺、それにまつわるような形での様々な人々の姿を、ドキュメンタリーの枠を越えた形の映像で、美しく描いていく。
とにかく、画面、映像が実に美しいのがこの作品の最大の特徴である。
色の調和、モニュメントの組み合わせ、光のとらえ方、構図、それぞれが、芸術品のように美しい。そこで描かれる様々な人々の会話をカメラがじっくりととらえていくのだが、そこはドキュメンタリー故に、物語はない。
夜のハイウェイ、車のライトだけをピンぼけで写す映像から始まり、緊急自動車の中、シュロの木の害虫を調べる男、窓枠をとらえて、その中の会話を写すシーン、俯瞰でとらえる道路の姿、雪景色、と様々な映像が展開するが、そのどれも美しい。
最後は、高速道路を監視するカメラのマルチ画面でエンディング。
ドキュメンタリー映画の枠を越えた、非常に詩的な映像でつづる時間の一こま、その意味でオリジナリティのある作品だと思うが、果たして金獅子賞をとるほどの作品かという疑問は残る一本でした。ここまでするなら、ストーリーのある作品を作ればおもしろかっただろうにと思える。
監督はジャンフランコ・ロージです。
「樋口一葉」
文芸映画として、素晴らしい名編でした。とにかく画面の一つ一つが本当に美しいし、詩情に満ちているのです。さりげなく挿入される、団扇、灯籠、町並み、御輿、などなど、まるで、美しい挿し絵の一つ一つのように物語に彩りを添えていく。
四季の移ろいの映像がそれに被さってくると、何ともいえないほどに映像美となって、画面が変わっていきます。本当にみごとでした。
挿し絵のように、蓮の池、水面、竹、などの日本的なカットが流れ、美しい文体のメインタイトル。そして、下駄を履いた女性の足下、水たまり、カメラがゆっくりとティルトすると二つの蛇の目傘にならぶ女性の姿。このオープニングで、この映画の質がいかほどのものか、引き込まれる魅力を感じるのです。
物語は「たけくらべ」の文豪樋口一葉が、その名作を世に書き始める直前までの、不遇な時代の慎ましいお話です。
しかし、その素朴なほどの慎ましやかなストーリーが、四季折々に見せる美しい日本の情景をとらえるカメラで、詩情あふれんばかりにスクリーンに描かれる様は、これこそが日本映画の名作と言わしめるに足りる名馬面を紡いでいきます。
雪見障子の向こうに見える、雨降りの静けさ、雪景色、さりげない町並みの見事な美術などなど、どれをとっても今となっては決して再現できないほどの美が、ところ狭しとスタンダード画面を覆い尽くします。
師と仰ぐ男性の元に、一葉が訪れるシーンに始まり、やがて、生計を立てるために、荒物屋を営みはじめ、それでも文学への思いは途切れることなく、もう一度師と呼ぶ人の元にゆくが、すでに妻がいて、失恋の痛手の中、「たけくらべ」に取りかかるラストシーンまで、市井の人々の何気ない生活感も丁寧に描きながら、一人の女性の、ひとときの恋と文学への熱情を描くこの作品は、まさに日本映画の至宝の一品ではないかと思います。
一葉の物語と交錯して描かれる、「たけくらべ」のエピソードを交えた幻想的にさえ見える演出のすばらしさも必見。
本当に、心が洗われるほどの名編に出会いました。すばらしかった。
「スラム砦の伝説」
セルゲイ・パラジャーノフというロシアの監督の作品である。
とにかく、その色彩感覚のすばらしさに目を奪われる。美しい。まるで油絵のような画面が次々と展開する。その計算され尽くしたような色の組み合わせと構図に圧倒されるのであるが、いかんせん、物語はほとんどわからない。かろうじて解説を読んで、何となく理解した感じの一本だった。
一本の角笛がアップで写され、それを手に取った男が、笛を吹く。背後に広がる黄土色の大地、草原、画面はモノクロになり、スラブ砦が写されタイトル。
カラーの画面になって、本編となるが、細かく区切られたエピソードの一つ一つを描いていくという形になっている。その細切れのシーンの間々が暗転する形になるので、つながりづらいのである。
そうは言っても、それぞれの場面が、完全なシンメトリーなカットが描かれたり、不思議な演出が施されたりと、尋常な感覚を越えた芸術的な彩りで作られていくので、実に美しい。
そして、どうやら、他民族の来襲に備えて、スラブ砦を築くというお話なのだが、そのシュールな映像故に、時間の前後がつながらない。余りに美しい映像に圧倒されて、ストーリーを把握できないままにラストシーンまでいく。
といっても、ラストシーンと気がつくのは、砦が完成するからである。若者を人柱にして埋めていくという映像がその直前に挿入され、いきなり、壮大な砦が完成するのだ。
とにかく、美学で突っ走る映像世界に魅了される作品だが、物語構成が細切れのために、ついていけないままに、一本の芸術作品を見たという感じであった。