くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「オン・ザ・ロード」

オンザロード

とってもクオリティの高いカメラと光の演出の美しいロードムービーの秀作。
その目の覚めるような画面の美しさに、うっとりといつの間にか映画という事さえ忘れてしまう陶酔感に浸ることができます。

真っ暗な画面に歌声が聞こえてきて映画が始まる。やがて、歩く人の足のようなものがぼんやりと画面中央に現れ、やがて、土の上を歩く人の足になる。画面は広大なアメリカの大地、一人の若者サルがトラックをヒッチハイクしそれに飛び乗って、一緒に乗っている人々と戯れる。そして物語は五ヶ月前に戻る。

一瞬にしてスクリーンの中に引き込むこの導入部がすばらしく、この後、画面の隅々まで広がる美しい景色に目を奪われていく。いや、景色のみではなく人々をとらえるライティングの美しさ、色調を押さえた、それでいて目を凝らすとカラーに見える微妙なバランスの演出が見事。

父の死の翌日、主人公サルは一人の男ディーンに出会うというナレーションから物語は本編へ。時は1949年。自由奔放に、そして、面倒なルールにこだわることなく、愛くるしいメリールウというガールフレンドと一緒にSEX、ドラッグをむさぼるディーン。自分と正反対の彼にどんどん引かれ、サルはディーン、メリールウ、そしてカーロと宛のない放浪の世界に入り込んでいく。

サルは作家を目指している。行く先々で、手にしたメモに出来事を書き留めながら、車をとばして、広大なアメリカ大陸を西に東にとかけめぐるのです。

広い大地を、ものすごい早さで疾走していく車のシーン。出会う人々それぞれについては面倒な描写や説明はすべてカットし、まるで彼らを束縛するものがないのを見せつけるように、なにもない広大な景色を何度も何度も映し出します。

時に、ディーンの女癖の悪さが、妻との確執を生み、そのたびに自由を求める彼はその場を飛び出す。ディーンの友人にも同じ憂き目を見せて、彼らの妻からもディーンは嫌われたりする。しかし、どこかにくめないディーンについていくサル。

正式な妻になっていないメリールウとのあまりにも屈託のないSEXシーンが、ニューシネマの頃のような妙な退廃感も、陰惨さも見せない。

一見、第三者的な視点で存在するサルの視線、笑顔、行動が、ストーリーを心地よい清涼感で覆っていくようなさわやかさえ生み出していく。

青春ロードムービーと呼べば分かりやすいかもしれませんが、その行く先には目的がないようで、次第にアメリカが現実的な先進国になっていく束縛感から必死で逃げる若者の姿もないわけではないと思う。

終盤になるにつれ、ディーンとサルの間にも、自分たちの行く末が次第に現実となって見えてくる。そして、ニューヨークで一端は別れかけたかに見えた二人だが、南へ行くといってメキシコを目指すサルにディーンは再びついていく。しかし、メキシコで赤痢になって倒れたサルをおいて、束縛されることを嫌うディーンは一人去っていくのだ。

時は1951年。サルは友人とこれからコンサートに行こうとしている。身なりもしっかりした彼の前に、薄汚れてジャンキーのようになったディーンが現れる。久しぶりの再会に抱き合う二人。少しでも一緒にいたいから車にしばらく乗せてくれというディーンに、「コンサートがなければね」とさりげなく断るサル。ディーンはサルに、かつて愛想を尽かされた妻カミーユから20世紀の後半一緒に生活しましょうと手紙が来たことを寂しそうに見せる。

やがて、サルは車に乗り、去っていく。それを見送るディーン。カメラが引いていく。

カットが変わって、サルが体験した路上生活の放浪記を一気に本にしてまとめる場面になる。どうやらこの本の出版で彼はそれなりに成功したことが伺われ、先ほどのディーンとの再会シーンに戻る。ゆっくりと去っていく車を見送るディーンのカットでエンディング。

雪景色の中を走る車、雨粒をワイパーで拭いながら走る車、フロントガラスの汚れさえも映像美に変えてしまう演出がとにかく全編に美しいのです。夜景、遙かに見える山々、町並みのカット、そこに出入りする人々の流れ。サル等が出入りする娼館、女たちの描写など、どれをとっても、映画になっている。ウォルター・サレスの演出は微に入り細にいり徹底された構図とカメラワーク、ライティングを施すのである。

カット編集は非常に細かい繰り返しである。しかし一つ一つが実に美しいし、細かいショットの繰り返しと壮大な景色のカットの組立、背後に流すセンスのいい音楽のテンポがいいので、どんどん引き込まれるのです。

非常に単純なロードムービーですが、映像感性、音楽感性のすばらしさにすっかりのめり込んでしまう秀作でした。本当によかった。