くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「プーサン」「愛人」「最愛の子」

kurawan2016-02-03

「プーサン」
風刺漫画を大胆にデフォルメし、エピソードの数々に当時の世相を織り込んで綴った市川崑監督の出世作

主人公は男やもめの教師プーサンで、伊藤雄之助が演じていてとにかく楽しい。汚職事件や血のメーデー事件、警官の怠慢、政治家の傲慢などを、軽妙なセリフを散りばめてテンポよく紡いでいきます。そのリズム感はまさに市川崑映画です。

オープニング、プーサンがトラックを避けようとして、消火栓につまずきひっくり返るところから、極端な群衆演出でマンガチックに展開していきます。

製作は1953年ですが、当時としてはこの斬新な映像は度肝を抜いたことでしょう。

リズミカルな音楽と、斜めやクローズアップを効果的に織り込んだ映像編集も見事。登場人物も多彩で、若き日の八千草薫が抜群に可愛らしい。平田昭彦などもちらっと出てきたりすると、もう、映画ファンにはたまりません。

デモに参加したために学校をクビになり、失業するも、周囲は暖かく包むようで辛辣な陰口を叩くし、学歴社会を批判したり、当時の日本の見え隠れし始めた問題点を風刺していく様は全く絶品の面白さ。

なんとか再就職した先は、機関銃の弾を梱包する仕事で、早朝出勤したプーサンが、疾走してくるトラックに怯えながら彼方に歩き去ってエンディング。

さすがに、どこか荒っぽさと初々しさがくっきり見えますが、その映像は市川崑若き日の才能を見せつけられる気がします。素直に快作という感じの一本でした。


「愛人」
二度目の鑑賞でしたが、やはり傑作ですね。テンポよく切り返すストーリー展開と、モダンな映像と音楽、洒落たコメディは日本映画と思えないほどの粋さを見せてくれます。

冒頭の霧のシーンからラストの雨のシーンまで、まるで、一時のファンタジーのような色合いさえ感じさせてしまう。

これが才能なのでしょう。本当に見事な一本です。


「最愛の子」
ここまで、食い入ったテーマにするものだろうかと思えるほどの、二層三層に積み重ねられたテーマに向かって映画がラストシーンを迎える。見終わって、ぐったりするとともに、ここまでするなら二本に分けて作ってもいいのではと思ってしまいます。それほど、盛込み、練り込んだ作品でした。監督はピーター・チャンです。

この作品には三組の夫婦は登場します。中心になるのは、三歳の息子ポンポンを誘拐されたティアンとジュアンの元夫婦。父ひとり子ひとりで平凡に暮らすティアンの場面から映画が始まる。離婚した妻ジュアンが息子と過ごした後父の元に返し、帰るのだが、遊びに出たポンポンは母の車を見かけ、追いかけていくうちに何者かに誘拐される。こうして物語は幕をあける。

今は別の男性と暮らすジュアンだが、行方不明のポンポンを探すことに必死になり、ティアン共に追い詰められていく。ここに子供を誘拐された親たちの集まりを主催するハン夫婦がティアンたちを仲間に一緒に子供を捜索していくのが中盤。そして、2年は過ぎ、ポンポンの居所がわかるのである。

ティアンとジュアンはハンと一緒にその農村に行き、額の傷からポンポンと確信、誘拐するように連れさる。そして警察で保護されるのだが、ポンポンはすでにティアンのことを忘れ、育ててくれたリーを母親と慕う。一方のリーもまさか夫が連れてきたのが誘拐してきたと知らなかったし、すでに夫は死んでいる。しかも、妹もひとりいるのである。

後半は、リーがなんとか、ポンポンと夫が捨て子として拾ってきた妹を取り戻そうと奔走する展開になる。このあたりまでは、まるで、誘拐を正当化しているのではないかとさえ思えるほどの物語で、誘拐犯夫婦のリーに哀れむべきというような流れになるので、やや反抗的に見ていたのだが、ある日、ハンの夫婦の妻が妊娠、その出生許可をもらうために役所に行き、行方不明の子供の死亡証明を出せと言われるにあたり、なるほどそこまでいくかと思うのである。つまり、中国一人っ子政策にまで物語の視点が及んでいくのだ。

妊娠した子供を産むために、今まで必死で探してきた子供を見捨てるようになるハン夫婦の苦悩が表に出てくる。一方で、リーは娘を取り戻すために弁護士を雇い、自分は妊娠できない体と診断されていたので、証人になってくれる夫の元同僚に体を与えたりするのだが、一方でジュアンはポンポンの気持ちを得るために妹を養子にするべく動き始めるのだ。

しかし、現在の夫との間に溝ができ、離婚に流れるにあたり、ジョアンも養女として引き取れなくなる。

最後の望みでリーは弁護士の家に住まいして、弁護士の母の面倒を見ながら、養女を迎える訴訟を続けようとするが、病院で健康診断を受けた際、妊娠が発覚する。つまり、証人になってもらうために体を与えた結果なのである。妊娠出来ないというのは誤診だったのだ。

ハン夫婦同様、自分も娘を見捨てざるをえなくなった皮肉な結末に、その場に崩れ落ちるリー。カメラは病院の廊下をゆっくりと引いて行って、崩れ落ちたリーを捉えてエンディングとなる。さすがにここまで描くと、中身が濃すぎるという感じである。

その後、この映画の元になった事件の関係者の映像と出演者の姿がエンドクレジットになるのだが、ピーター・チャン監督のどこか皮肉った姿が見え隠れするのがどうも鼻につくラストシーンになった。

確かに、見事な作品であるが、個人的にはここまでするかなという一本でした。