「カッコーの巣の上で」
さすがに、映画が終わった後、席を立てないほどの傑作でした。30年ぶりに見直した名作は、やはり名作だった。しかし、これほどの傑作が、なぜ、それほど心に残るほどの印象がなかったのか考えてみると、やはり、これは体制に対する反体制映画というメッセージが含まれているからではないだろうか。
氷のように冷徹な看護婦ラチェットの元で、ほとんど無気力に毎日をおくる患者たち。この精神病院を舞台に描かれるこの作品は、明らかに、国民を冷たく監視する当時の国家に対する反抗映画なのである。
山肌をバックにしたタイトル、明らかにアメリカ原住民の旋律のようなメインテーマが流れる。そして、山の中にそびえる病院に、一人の男マクマーフィーがやってくるところから映画が始まる。
ラチェットの独裁体制の中で日々を過ごす患者たちの中に投げ込まれた不穏分子マクマーフィーは、何の反抗もしない患者たちを焚き付け、自分の意志を目覚めさせ、次第にラチェットと対立していく。しかし、ひたすら冷徹に見つめるラチェットを演じるルイーズ・フレッチャーは、終始、行動に表さず、にこりともしない表情で演じていくのだ。唯一、夜中に帰る時に、振り向いてマクマーフィーを見て、にやりと口元がゆがむときだけである。
しかし、この後、クライマックスとなる病院内でのドンちゃん騒ぎ。そして、酔いつぶれて、脱走しそこない、翌朝見つかったマクマーフィーはそのまま危険分子として、いつの間にかロボトミー手術を去れ、廃人にされる。その姿を嘆いたチーフは、マクマーフィーに枕を押し当て、死なせてから、自分は早朝の森へと脱走する。
有名な戯曲であり、以前見たときからそれほど記憶もとんでいないのでラストシーンはほとんど覚えていたが、患者たちがマクマーフィーにバスで連れ出され、釣りをしてかえって、どんどん、ストーリーが動く中で、実はチーフはしゃべることができるというのが判明、さらに脱走を企て、最後の夜を騒いだあとに急展開のクライマックスへプロットの組立は見事であり、そのテンポの強弱も絶妙。お手本にしたくなるようなストーリー展開である。
しかし、その根底には、常に、体制社会への反抗心が明らかであり、ミロス・フォアマンのメッセージが、いや原作者のメッセージが明確に見え隠れする。
そんな、面倒なことを考えたとしても、映画のクオリティーはずば抜けた傑作の域に達している。裏に盛り込まれたメッセージを感じ取ったとしても、ラストシーンの男の友情には涙が止まらない。やはり、名作は名作である。
「ダイアナ」
実在の人物の半生ではあるけれども、映画になった時点で、それはフィクションだと思う。しかし、この映画を見て、このダイアナという女性と同じ時代を過ごし、その人生の一部でも見られたことの奇跡に、何ともいえない感動を覚えてしまいました。そして、いつのまにか、ダイアナという世界一素敵な女性に恋をしている自分に気がついてしまいました。いい映画だったと思います。
1987年8月31日、ダイアナがこの世を去った日、これから出かける彼女の後ろ姿を延々とカメラがとらえる。そして、エレベーターに乗る直前に、カメラが引いて、それを振り返る彼女の視線。まるで何かが彼女にとりついたかのような一瞬の後、エレベーターの中のシーン、そして物語は過去に戻る。
本編は、ダイアナがチャールズと別居してから三年がたっている。世の中では、今なおダイアナプリンセスの人気が絶大で、常に世界の注目の的である。そんな彼女は、たまたま母の病室を訪ねたときにパキスタン人のハスナットという心臓外科医と知り合い、急速に接近する。この映画の物語はこのハスナットとの恋の行方を中心に、ダイアナの歩んだ現実の活動を挟みながら、悩みながらも必死で生きた一人の女性として描かれている。
当然、ラストは、死、であるが、その最終点まで、カメラは丁寧なスタイルで真摯に彼女をとらえる。特にマスコミを悪者にするわけでもなく、プライバシーを侵害される生活に打ちひしがれる様子のみを描くわけではない。しかも、ハスナットとの大恋愛も、ドラマチックに語るわけでもないが、非常に心の描き方が激動的である。この映画の最大のすばらしさが、奇をてらうのではなく、まずは一人の、世界中で愛された女性をまっすぐに描くことに終始したことだろうと思う。
わざと、ジャーナリストに写真を撮らせ、自分を窮地に追い込んで、ハスナットの心を向かせようとする終盤は切ないほどに痛々しい。
そして、ドディという富豪と、まるで愛人であるかのように振舞って、マスコミに注目させながら、散々追い回された挙句、とある建物からエレベーターに乗るファーストシーンで暗転エンディング、そして彼女が果たした功績がナレーションされる。
監督はオリヴァー・ヒルシュヴィーゲルというイギリスの方なので、生真面目に捉えた演出がとっても好感の作品に仕上がっているし、原作があるとはいえ、神格化もしようとしない展開がとってもいい。たぶん、恋物語の合間に繰り返される、彼女のさまざまな慈善行動のシーンの挿入されるテンポがいいのだろうと思う。
いい映画、好きな映画です。見て欲しい一本哉ともいえる作品でした。