くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「武士の献立」「鑑定人と顔のない依頼人」

武士の献立

「武士の献立」
最初に、私は上戸彩の大ファンである。だからかなり私情が入っていると思う。その上での感想ですが、思い入れがあってもそれは映画ファンとしての一つの形なのだからいいかなと思うのです。
監督は朝原雄三です。

とにかく、時代劇の名品にであった感じがしました。すっかりはまってしまって、後半の春が、夫安信が隠していたかつての思いを寄せた佐代の簪を見つけたあたりから、謀反を起こすために誘われた安信の刀を持って夜道を逃げるあたりでは、ひたすら涙が止まらなかった。

物語に、すっかりはまってしまったのである。妻である春が献身的に、夫の陰になる姿のけなげさ、そして生き方に自分を、いや、自分のこれまでの人生が重なったかもしれない。妻はこうあるべきだと書けば、古くさい男尊女卑の考えだと非難されるかもしれないが、そういうことではなくて、こういう夫婦の立ち位置こそが、日本的な美の形なのではないかと思うのです。

さて、作品を見てみると、それぞれのシーンの組立が、実に的確な長さと繰り返し、つなぎになっている。そのために、ストーリー全体に妙な穴が見あたらないのである。

導入部の、加賀藩江戸屋敷での奉納能の場面に始まり、何気なく、主人公春の人となりを、その前の子供時代の描写に重ねて紹介、そして、舟木伝内の料理の中身を言い当てて、一気に舟木家に嫁ぐきっかけへ流れる展開が、実に鮮やか。そして、嫁いでからの義母満を演じた余貴美子が実にうまいので、びしびしと、それぞれのシーンがしまってくる。

そして、夫安信に料理を教えるに至る下りから、加賀騒動への流れ、そしてクライマックスと、ぽんぽんと妙な演出やシーンを加えずに丁寧に流れていく演出がうまいのである。

もちろん、上戸彩含め高良健吾らの演技も、非常に細かく演出されていて、隙が見えない。現代では、時代劇の所作が適当で、よけいに薄っぺらくなりがちだが、そのあたりをきっちり押さえた演出が良かったのだろう。

ラストは、おそらくという展開で締めくくるが、全体が実に真摯な作品になっているので、安心してみられるのである。久しぶりに時代劇の名品に出会ったと思ったのはそのあたりだ。そして、良妻として演じた上戸彩扮する春のけなげさが、とにかく涙を誘うのである。いい映画です。みんなに勧めたい一本でした。


鑑定士と顔のない依頼人
ジュゼッペ・トルナトーレ監督の新作は、すばらしい絵作りに彩られた、夢とも現実とも付かないとってもシュールなミステリードラマでした。少々、終盤がくどすぎるように思えますが、見事な作品でした。

物語は、主人公の鑑定人バージルが、一軒の、火事で焼けたのでしょうか、すすくれた部屋の中の品物を見ているシーンに始まる。そしてそこで、やけ残った一枚の絵を見つけて物語は本編へ。

世界的にも有名な鑑定人バージルは、常に手袋をし、異常なくらいの潔癖性で、レストランでも自分だけの食器を使っている。この日もレストランによると、誕生日だからとケーキを運んでくれるが、一日間違っていると、店を出る。

見事な采配でオークションをこなす姿から始まる導入部が、実にスピーディで、爽快。ところが、実は彼は女性の肖像画でこれという物は、友人のビリーに落札させ、自分の家の隠し金庫の部屋に飾っていた。

そんな彼に、クレアという女性から、屋敷の品物を競売してほしいと依頼の電話が来る。しかし、いっこうに彼女は姿を現さない。行ってみると、なにやら空間恐怖症とかで外にでれず、隠し部屋にいるという。このあたりで、真相に少しずつ気が付けば良かったが、その屋敷に落ちていた歯車を、機械修理人のロバートのところへ届けるというシーンが続くので、すっかり、視点を誤ってしまった。

このロボット完成に、何か意味があると考えてしまった。

そして、物語が進むと、少しずつ、この壁の中の女性クレアに近づいていき、ついには外に連れ出す。いままで、女性と交際さえもしたことがないバージルは、女性の扱いになれているロバートのアドバイスで 花を贈ったり、服をプレゼントしたりする。このクレアのいるヴィラの向かいにバーがあり、数字を覚えるロボットのような媚びとの女性がいたりと、不思議なムードが漂う。クレアが行方不明になると、バージルは仕事でさえも手につかなくなるのだ。

そして、クレアと一夜を過ごし、お互いが引かれ、結婚を決意。ロンドンのオークションを最後に、引退することを告げ、隠し部屋の絵をクレアに見せる。

そして、何もかも終わって、戻ってみると、クレアはいなくて、隠し金庫にビリーから送られた絵を飾りに行くと、なんと、そこには一枚も絵がなくなっていた。ビリーからの絵は、ヴィラにおかれていた絵で、ビリーのものだとわかる。

バージルに再三、ビリーが「おまえが認めていれば俺は絵描きになっていた」というせりふがよみがえり、ロバートが仕上げたロボットもおかれていて、車には、かつて、ロバートの店で、ロバートが、客の女性にわたした発信機が見つかる。もしかしたら、この客はクレアだったのではないかと記憶を呼び起こしたりもする。

ぼろぼろになったバージルは、車いすで施設にいる。あの日の後を思いだしながら、クレアがいたというプラハに行き、ナイト&デイというレストランにはいると、歯車だらけの店内。店の奥に座り、「連れを待っている」といって、カメラが引いていってエンディング。

ヴィラの壁にツタが張っていたり、こぎれいになっていたり、周辺の町並みが洗練されたり、古びていたりを繰り返す。バージルがクレアを誘いだそうとしたときに暴漢に襲われ、それをみたクレアが駆けつけ病院へ行く下りからも、なにもかも仕組まれていたのか?それとも、施設に入ったオールドマンという老人の幻影だったのか。夢とも現実ともつかないシュールな世界を堪能する一本でした。

さすがにジュゼッペ・トルナトーレの画面作りは見事で、シンメトリーな構図を中心にした調度品の配置や建物のカット、さらに色彩に至るまでさすがに並の監督と比べものにならない。

後半部のくどさが、やや欠点といえば欠点かもしれない。若干、全体のまとまりが散漫に崩れていなくもないが、導入部から、壁の中の女性というミステリアスな中盤、さらに、果たして、本当のところは何なのかと思わせるサスペンスフルな後半、そして、シュールなエンディングと、クオリティの高い見事な一本だったと思います。