「黒の超特急」
新幹線公団の汚職を扱った社会派サスペンスドラマ。作品の出来映えは普通の出来映えという感じでした。解説には「黒のシリーズ」最高傑作となってます。シリーズがこの作品で終わったのなら、果たして傑作だったのと思わなくもありませんが、時代をとらえた時事性が評価されているのかもしれません。
岡山の田舎の不動産屋を営む桔梗という男の元に、一人の胡散臭そうな男中江がやってくるところから始まる。自動車工場誘致の話があり、広大な土地を買い占めたいということ。話がまとまり、金の受け渡しも終わったが、どこか気になる桔梗は、新幹線がその土地にっかることを知る。そして、桔梗はその情報の出所、中江の背後をあらいはじめ、それをネタに脅し始める。
政治家や公団の専務理事もからんでの脅し合い、ゆすり合いが繰り返す展開なのだが、どうもテンポが悪くて、息詰まるサスペンスに仕上がってこない。おもしろくないわけではないが、普通の娯楽映画に終始して終わるのは、ちょっと残念。
増村保造監督となれば、それなりの個性を求めるだけに、やはり、彼もまた職人監督としての顔があるのだと再認識。映画が斜陽化が進む時期に映画会社を背負っていたのだからこれもまたしかたのないことだろう。
「犯人は21番に住む」
アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督の長編デビュー作。
軽妙なタッチで展開するサスペンスミステリーで、後のクルーゾー作品にみられる影の効果やライティング、人物のカットの描写などに個性が光る。
物語はディランという名前の名詞を残して殺人を繰り返す殺人鬼を追いつめて、真犯人を捕まえようとする警部が主人公のお話。
犯人とおぼしき一人を捕まえると、捕まっている最中に別の事件が起こり、彼は釈放され、さらに次の犯人とおぼしき人物を捕まえると、また別の事件が起こり、その男も無罪に。
そして、終盤、その真相を見抜いた警部が犯人を捕まえるために電話しようとしたら、犯人の一人に銃を突きつけられ、廃屋へつれていかれるが、すんでのところで、警察が突入してエンディング。
スピード感のある軽いタッチの展開が、まさに当時のフランス映画の空気を漂わせ、クルーゾーらしい細やかな演出が、他のサスペンスとはちょっと変わった色合いを見せる一本。
決して抜きんでた傑作ではないにせよ、この後、次々と名作を生むクルーゾーの手腕の片鱗を伺える作品でした。
「フィル・ザ・ヴォイド」
イスラエルの映画である。その国柄がはっきり出た映画で、非常にまどろこしい展開に最初は戸惑ってしまう。
映画は主人公シーラが、これから見合いあいてとなる青年をスーパーで見聞しているシーンに始まる。見合いというのが、ちょっと形は違うが日本と似通った設定なので、そこは楽に入り込むことができた。
しかし、婚約が決まろうという矢先、姉のエステルが出産の時に死んでしまう。生まれた子供のこと、夫ヨハイの再婚の問題、エステルの親友フリーダに、エステルが自分にもしものことがあればヨハイを頼むといっていたこと、などが絡んでくる。
映画は、両親がヨハイとシーラを結婚させようと考えることで、シーラの心が揺れ動く様を描いていく。シーラは、姉の夫と結婚することの抵抗と、両親の期待に添わないとという気持ちが入り乱れ、自分の婚約予定の男性からもふられ、フリーダのこともありと、複雑な気持ちに混乱していく。
そして、一端はヨハイとの結婚を受けたものの、ラビの前で両親のためだ、といってみたりして、ヨハイを振り回すのだ。
しかし、本当の本心は、実はヨハイとの結婚を望んでいるということが最後にラビに託す手紙にあるのだと思う。
ヨハイとシーラの結婚式のシーンから二人きりになる場面で暗転エンディング。
ラビという存在、結婚にたいする考え方などなど、かなり国柄を感じさせる作品であるが、しっかりと作られている。
完成品としてみることができる一本で、そこは十分評価できると思いました。