くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「父と暮らせば」「紙谷悦子の青春」

kurawan2015-08-21

「父と暮らせば」
これは傑作です。カメラワークの緩急、木村威夫の見事な美術、宮沢りえ原田芳雄の驚くような演技合戦、そして、物語の本質から絶対にぶれない黒木和雄の演出。この映画を見逃していたことに、今更ながら後悔しましたが、今回、見ることができた幸運に感謝しました。素晴らしい一本でした。

雷と雨が降る中、主人公の女性が、一軒のあばら家に飛び込んでくる。中には一人の男、つまりこの女性の父親が押し入れで呼んでいる。この父親は先の原爆で命を失っているが、この娘の一人の男性へのときめきから生まれたのだという。このオープニングと設定の素晴らしさは原作者井上ひさしの力量だろう。

こうして幕を開ける物語は、ほとんど舞台劇のような様相で展開する。時に原爆投下の瞬間などが映画的な映像で挿入される。

時は1948年広島、主人公の女性は、原爆投下の日に、死ななかった自分、父を置き去りにした自分を許せず、幸せになることを拒んでいる。しかし、図書館で出会った一人の男性に一瞬心ときめき、そのときめきを現実にし、娘に未来を与えるために、父親が姿を現したのだ。

広島弁のどこかノスタルジックな響きがとにかく物悲しいし、一見、戦争の悲劇だけを扱っているようで、根底に、父の娘への愛情の絆が描かれている。

ラストシーン、カメラが女性を捉え大きく天井に振り上げられると、そこには原爆ドームの天井が映る。舞台は原爆ドームに中での出来事だったという、映像的なジャンプカットで締めくくる。圧巻。そう、それに尽きる傑作でした。涙が止まりませんでした。いい映画に巡り会いました。


「紙谷悦子の青春」
この映画も素晴らしい一本でした。ユーモアたっぷりに淡々と進む物語ですが、じわじわと戦争という悲劇の影が背後に見え隠れしています。作劇のうまさといい、創造性豊かな演出といい、役者陣の練熟した演技といい、見事でした。

ある病院の屋上、老夫婦がベンチで話をしているシーンから映画が始まります。延々と長回しで二人の会話を捉えるカメラ。主人公の紙谷悦子とその夫の姿です。

この映画の特徴は、こういう二人の会話劇を長回しで、人を変え品を変え描いていくスタイルです。

老夫婦は、二人は知り合った頃の昭和20年の春を回想します。

主人公悦子の兄夫婦の会話劇、さらに、帰ってきた悦子の加わる会話劇と続き、つづいて、のちの夫になる永与と友人の明石少尉の会話劇へと続く。

台詞の端々にユーモアを挟み込み、笑いを残しながら、ストーリーが淡々と進み。

悦子は密かに明石を慕っているが口に出せず、一方明石は、航空隊ゆえ、間も無く特攻として出撃することになるため、親友の永与を悦子に紹介する。

お互い口に出さず、時節ゆえの切なさを理解し、お互いの気持ちを汲んで、悦子は永与と結婚することを承諾する。

出撃前夜やってきた明石を見送り、台所で思わず泣いてしまう悦子のシーンは、涙が止まらなかった。

そして、永与が悦子に、両親にあってもらいたいとやってきて、出撃直前、明石が永与に託した悦子への手紙を永与は悦子に渡す。何が書いてあるかは明らかにせず、二人は暗黙に言葉を交わす。

そして病院の屋上、日も暮れ、老夫婦は立ち上がる。エンディング。

終盤近くまで、繰り返される会話劇と長回しが、終盤になるに従い、バストショットのカットの切り替えに変わっていく映像演出も見事で、これは、相当な逸品でした。黒木和雄監督の急逝で遺作となりましたが、もっともっとこんな素晴らしい作品を作って欲しかったです。いい映画でした。