くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「とべない沈黙」「日本の悪霊」「祭りの準備」

kurawan2017-01-06

「とべない沈黙」
とにかくカメラが抜群に美しい。構図といい、光の捉え方といい絶品の一本でした。黒木和雄監督の劇映画デビュー作です
ナガサキアゲハと呼ばれる蝶の説明と羽化する場面のクローズアップから映画が始まる。そして蝶を追い求める少年のシーン。白樺の間を飛び回る少年がまず美しいし、そこからシュールなタッチで細かいカットと流麗なカメラワークで描いて行く少年の心の描写は絶品。

大人たちは北海道にこの蝶がいるはずがないというが、現実に捕まえた少年は納得がいかない。そして画面は長崎へ。

長崎でナガサキアゲハの幼虫がザボンの葉を食べている。そして映像は長崎から萩、広島、京都、大阪、香港、東京、そして北海道へと幼虫が移動する様を描きながら、その場所場所での出来事を一人の少女役の加賀まりこが様々な役に変身しながら描いて行く。

国会風景や、軍事問題など当時の世相を反映させながら、あまりに美しいモノクロのカメラ画面がまるで一遍の詩のごとく紡がれる様はまさに映像芸術である。

やがて北海道で少年によって蝶がつかまりエンディングとなるが、このシュール感がたまらないほど、感性のみで綴られる物語の美しさを堪能するのです。

当時の世相の描写は確かにやや左翼じみた視線が見られるものの、その全てを映像詩にしてしまう演出力に頭が下がりました。傑作ですね。


「日本の悪霊」
なかなか面白い。瓜二つの顔のヤクザと刑事が入れ替わりながら、すでに時効になった殺人事件の物語に迫って行く。とかくと、ミステリーのようですが、そこが黒木和雄監督、全然物語の色が違う。反戦思想風のフォークシンガーが頻繁に現れ、世の中の無意味さを解いて歌う。その合間に、どうでもいいことだと主人公の二人の男が言う。その繰り返しに独特の空気が漂ってくるのです。

ヤクザの幹部クラスの一人の男がピチッとしたスーツでとある町にやってくる。一方、この町の警察署に本部から生え抜きの刑事が派遣される。その刑事が一夜を共にした女が実は幹部ヤクザの村瀬の情婦だったことから二人は出会い、お互いの姿がそっくりなことを利用し、刑事の落合と村瀬は入れ替わる。

こうして物語の本編が始まる。あとは、互いに入れ替わりながら、かつての事件の裏を取りながら、不可思議な人間ドラマのごとく展開して行く。時折入る歌の無情さが何とも言えない殺伐とした当時の世相を浮かび上がらせる演出も見事なものである。

しかし、若干、時代色が強すぎて、この映画の訴える何かは、当時を生きた人、当時この映画を見た人でないと感じ得ないかもしれない。

黒木和雄の思想的な面が前面に出る傑作ですが、いつの時代も普遍的に愛される映画とまではいかないかもしれません。ただ、演出手腕のうまさ、迫ってくるカットの切り返しの見事さはさすがに感嘆してしまうことは確かです。いい映画ですね。


「祭りの準備」
ほぼ40年ぶりくらいに見直したが、やっぱり最高に良かった。名作やねここまで来ると。黒木和雄監督の代表作の一本再見。

脚本家の中島丈博の半自伝的な物語で、小さな漁村を舞台に、地元の人々の物語が見事なエピソードの組み合わせで描かれて行きます。

昭和30年代を背景に描かれ、黒木和雄監督の思想的な部分はかなり少なめになっていますが、一つのエピソードから次のエピソードへ展開するテンポのうまさ、登場する人物の描き分けの見事さもさることながら、独特のカット繋ぎで見せる映像演出も素晴らしい。

ラスト、東京へ旅立つ主人公を幼馴染の原田芳雄が追いかけて絶叫する場面は胸が熱くなってしまいました。

何度見ても引き込まれる魅力のある映画というのはこう言うのを言うのでしょうね。本当に良かった。