「どんと行こうぜ」
なかなか面白い。映画全体にバイタリティと勢いが満載で、話は雑多だが若々しさだけで突っ走っていく迫力のある映画でした。脚本は新人時代の大島渚と野村芳太郎。監督は野村芳太郎。
大学の放送研究部の梨花たちが、学生の生活について三郎という学生にインタビューするところから映画は始まる。バイトに明け暮れる三郎は梨花たちを翻弄し、ある時、梨花が兄の茂とバーに行き、そこでバイトをする三郎と出会う。物語は梨花ら放送研究会のインタビューを軸に、大阪からやってきた運動具の社長やその従業員、さらに茂の野心や何やらがごちゃごちゃと展開していく。
好き放題の演出と、好き放題の展開がとにかく勢いがあって、笑いともシュールとも取れる流れでラストは何もかも恋が成就してエンディング。少々奇妙な作品ですが、今の世代ではとても作れない若さがある一本でした。
「この世界に残されて」
ちょっと良い映画でした。切ないけれどどこか悲しいし、それでいて、未来がそれとなく見える作品。プラトニックなラブストーリーなのですが、その物語の背後にある歴史の1ページの重さも胸に沁みました。監督はバルナバーシュ・トート。
時は1948年ハンガリー、ホロコーストで家族や知人を亡くし、打ちひしがれている人々の姿。一人の産婦人科医アルドが出産を行うところからスローモーションで映画は始まる。カットが変わると、アルドのところに生理不純で一人の少女クララが大叔母に連れられて診察に来ていた。
クララの両親は収容所に捕まったままだというが既に亡くなっている。妹も死んでしまった。一方のアルドも最愛の妻を亡くし一人だった。境遇の似ている二人はそれとなく惹かれあい、クララは何かにつけてアルドのもとを訪ねるようになる。やがて、定期的にアルドの家に泊まり、世話を焼くようになるが、と言って体を重ねるわけではなく、一緒のベッドで労るように寝るだけだった。そんな二人を周囲は不審な目で見る。
しかしソ連がハンガリーで権力を把握し、反体制的な態度を取る人々を静かに監視し始める。そんな中、アルドとクララは周囲の誤解を解きながらも強い絆で結ばれていく。しかし、政府からの見えない力がアルドに迫ってきたと観じたアルドは、クララの身の安全のためもあるのか、一人の女性エルジを誘いクララを部屋から追い出す。そんな頃、クララに好意を持つ学校の同級生ぺぺは、クララが望むならここで一緒に暮らしたいと打ち明ける。
そして3年が経つ。クララ、ぺぺ、大叔母、アルド、エルジらがホームパーティーで集っている。そこへ、ラジオからスターリン死亡のニュースが入る。心なしか未来に明るさが見える中、アルドの視線はクララから離れることはなかった。カットが変わると、クララはどこへ向かっているのかバスに乗っている。このシーンで暗転映画は終わる。
良い映画です。映像から伝わる切ないものが心にしんみりと感動を呼び起こしていきます。なかなかの佳作でした。