「ニューオーダー」
徹底的に辛辣にリアルに重苦しく描くだけが映画ではないし、それは映像表現ではないと思う。その意味でこの作品はあまり好みの映画ではなかった。伝えたいメッセージがただの妬みにしか見えてこない時点で失敗作ではないでしょうか。映像編集の工夫や面白さは評価できますが、流石にこれは風刺にもなっていなくてやりすぎている気がします。監督はミシェル・フランコ。
モダン絵画がアップで映り、体の汚れた全裸の女性が広場に立っていて、階段を水のようなものが流れ、死体の山をカメラがゆっくりと縫うように映していく、病院へなだれ込む暴徒たちと入れ替わりに患者が追い出されるオープニングから映画は幕を開ける。郊外の大邸宅で、マリアンとダニエルの結婚式が行われている。集まった地元の名士たちの姿、新郎新婦の仲睦まじいシーン。しかし、外に聞こえるのは雑踏や銃声のような音。新婦マリアンの母レベッカは、水道から緑の液体が流れるのを発見し、心が乱れている。
かつての使用人のロリアンは、妻エリサが病院を追い出されたので手術の金がいるからと頼みに来るが、程よく断られる。そんな様子を見たマリアンは、なんとかしようとするが、玄関に出るとロリアンは帰った後だった。マリアンは使用人マルタの息子クリスチャンに伴ってもらってエリサの家に向かうが、通りは軍隊で覆われていた。そんな頃、パーティの会場に暴徒が飛び込んでくる。貧富の差に不満を持った集団が暴動を起こしていて、マリアンの家にもなだれ込んできたのだ。
使用人たちも反旗を翻して雇い主らを撃ち殺し、家財の略奪を始める。次々と殺されていく中、この家の主人も撃たれる。一方、エリサの家に着いたマリアンだが、軍人が入ってきて家まで送るからとマリアンを連れ出す。しかし、それはマリアンを誘拐しにきた軍部の人間だった。
軍人はマリアンら富裕層の人間を拉致し、身代金を要求するとともに人質を虐待し始める。なんとか軍部上層部とのコネで自宅に戻ったマリアンの父らだが、軍部からマリアンの身代金の連絡がクリスチャンに入ってくる。外出制限の中、雇い主らのところに来たクリスチャンは、身代金を預かって軍人に渡すが、さらに増額した身代金を要求される。そのことを聞いたダニエルは、軍部上層部に連絡し、一気にマリアンの居場所を突き止め救出する。しかし、マリアンをエリサの家に連れて行った軍人はマリアンを撃ち殺し、クリスチャンに罪を着せる。軍部は今回の汚点を隠そうとしたのだ。そしてクリスチャンやマルタらが処刑され、国旗がゆっくりとはためくシーンで映画は終わる。
なんとも辛い展開で、ひたすら悲劇的に描くのみのストーリー展開と偏見に満ちたような風刺劇は、評価すべきなのかもしれないが、商業映画としてどうなのだろうと思う。映像としてのクオリティは高いものの、素直に受け入れられない作品でした。
「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」
なるほど、これは傑作です。三時間半近くあると知っていなければ、そんな長尺の作品と思いません。パンもティルトも一切なく、定点フィックスを徹底したカメラで、フレームインフレームアウトを繰り返す映像、明かりの明暗で転換させるリズム、日常を淡々と捉えていくだけの非常にシンプルなストーリー、映像が生み出す力を最大限に引き出す演出力に圧倒されます。正直、出だしは眠くなるのですが、そのリズム感に引き込まれてくると片時も画面から目を離せませんでした。監督はシャンタル・アケルマン。
ほぼバストの高さでじっと捉えるカメラアングルの中、主人公ジャンヌはキッチンで料理をしている場面から映画は始まる。電気のスイッチのオンオフによる画面転換と部屋を出入りするフレームインフレームアウトを繰り返す映像で物語は進んでいく。玄関のベルが鳴り、一人の紳士が入ってきて、しばらくして出ていく。帰りがけにジャンヌにお金を渡している。ジャンヌはそのあと風呂に入る。
夕方、息子が帰ってくる。食事をし、少し話をし、また夜が明けて息子が出ていく。二日目、ジャンヌの日常が淡々と描かれていく。妹からの手紙の文面から、ジャンヌは六年前に夫を亡くしたらしく、再婚を進めてきたりしている。プレゼントを贈るというような内容もある。この日も別の男性が来て、また帰っていく。おそらく売春をしているのかなと思うがわからない。
三日目、いつものように息子を送り出し、昔妹にもらったコートにボタンが取れているので探しに行き、帰ると妹からのプレゼントが届いている。じっとリビングで座ったジャンヌを延々とカメラが捉える。赤ん坊を預けにくるが、ジャンヌがいくら抱き上げても泣き止まない。この日も男性が来る。今度はジャンヌが抱かれているカットが入る。初めてカメラはやや上から捉える。どうやらジャンヌが許していない行為をしたらしい。妹からのプレゼントを開けるときのハサミがそばにある。服を着たジャンヌはそのハサミで男を刺し殺す。薄暗いリビングでじっと座るジャンヌ。延々と長回しのワンシーンの後、ジャンヌは泣き崩れる。そして映画は終わる。
亜然とするほどに引き込まれる傑作ですが、映像のテンポはまさに才能というほかない絶妙のリズム感で作り上げられていきます。見事な作品でしたが。誰もが作ることができるというレベルの作品ではありませんでした。素晴らしかった。
「囚われの女」
幻想か現実かめくるめくようなラブストーリーの傑作。とは言っても、どこか冷めた目で描いていく監督の視点は独特の色合いがあります。画面の色合いも美しく、少し控えた色彩配置の見事さと、迷路のような主人公の室内の空間設定など計算された絵作りの妙味は才能の成せる技と言わざるを得ません。見事な映画でした。監督はシャンタル・アケルマン。
大勢の女性たちが海岸ではしゃいでいるホームムービーのような画面、それを見ているシモンは、二人の女性アンドレとアリアーヌが映っている場面を何度も巻き戻し、僕は君が好きだと呟く。カットが変わると一人の女性アリアーヌが颯爽と通りを歩いて自分のオープンカーに乗り込む。車が動き出すと背後からもう一台の車が後を追う。乗っているのはシモン。アリアーヌが美術館のようなところに入るとさりげなく後をつけるシモン。目眩く映像世界が展開する。
シモンは年老いた母と住んでいるが、なぜかアリアーヌが別の部屋にいて、シモンが呼ぶとシモンのベッドにやってくる。シモンは背後から優しくアリアーヌを抱く。どういう経緯でシモンの住まいにアリアーヌがいるのか、元々いるのか、シモンの幻想なのか不可思議に本編が始まる。シモンが風呂に入っているとガラスの向こうに突然アリアーヌが現れたり、映像演出の妙味を見せつけてくれます。
物語はこの後シモンとアリアーヌの付かず離れずのような恋物語がシモンの一人台詞のような展開で進んでいきます。そこにあるのはシモンのアリアーヌへの嫉妬心であるようですが、アリアーヌの友人のアンドレとの関係、女性が女性を愛することへの疑問などなどが語られ、シモンとアリアーヌが裸で体を合わせるシーンは全くありません。
アリアーヌがアンドレとレストランで食事をしたといえば確認しにシモンがレストランを回り、オペラを見に行ったと言ったらシモンもその会場へ行き、オペラ歌手レアと親しくするアリアーヌに嫉妬します。シモンの思いは募るばかりで、ある朝とうとう別れようとアリアーヌに告げます。アリアーヌは叔母の家に行くから送って欲しいというので、シモンはアリアーヌを車に乗せてアリアーヌの叔母の家に向かいますが、叔母は留守で、家に入ったものの、シモンはもう一度一緒に暮らそうとアリアーヌを再び連れ出し、ホテルに立ち寄ります。
アリアーヌは夜の海で泳ぎたいと一人で海に入っていきますが、姿が見えなくなり、シモンは慌てて海に入ります。そして溢れているアリアーヌを見つけますが、カットが変わると朝、一隻のボートがこちらに近づいてきます。乗っているのはずぶ濡れのシモンで、こうして映画は終わります。果たして、アリアーヌはどうなったのか?それより存在していたのか?謎を残してエンディング。
映画は空想の産物、夢の芸術と言わんばかりに不思議な感覚に浸れる傑作で、繊細な神経と常人と違った感性が生み出す唯一無二の映像作品だと思います。素晴らしい。