くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「私は確信する」「心の傷を癒すということ 劇場版」

「私は確信する」

非常に見応えのある力作で、細かいカットの積み重ねと極端なクローズアップで作り出す緊張感が最後まで物語の気を抜くことがない。しかし、頭から最後まで徹底したその演出は、一方で、無罪判決のために執拗なくらいに凝り固まって奔走する主人公ノラの姿と重なり、こういう姿勢こそが冤罪を生み出すのではと言わんばかりの逆説的な表現になってくる。実在の事件「ヴィギエ事件」の被疑者ジャックが無罪となるまでの物語を架空の人物ノラを通じて描く法廷サスペンスですが、作者の意図は裁判の行方では無いというのもわかります。退屈はしなかった。監督はアントワーヌ・ランボー

 

まずヴィギエ事件についての説明文から映画は幕を開ける。ここを的確に映像で見せようとしなかったのは、この後の本編が混乱するためだろうが、いわゆる、真逆に近いほど裁判のやり方が異なるためやむを得ないのでしょう

 

一人の女性ノラが、一旦釈放となったものの約十年後第二審が決定し、再び法廷に立つことになったジャック・ヴィギエの弁護を敏腕弁護士デュポンに頼む場面から映画は始まります。ノラには一人息子がいてその家庭教師をしてくれている父親がジャック・ヴィギエだったのだ。

 

ジャックの妻スザンヌはある日失踪し、夫であるジャックに殺人の疑いがかかり。しかし、確たる証拠がないまま釈放となる。しかし、マスコミの過剰な報道と検察側の威信もあり再び彼を殺人罪として法廷に立たせる。ノラは最初の裁判では十分に確認されなかった膨大な量の通話記録をデュポンを通じて手に入れ、その分析をアシスタントとして任される。

 

ノラは一人息子と暮らすシングルマザーだが、次第に裁判にのめり込んでいき、仕事先も息子のこともおざなりになり始める。執拗なくらいにジャックの無実とスザンヌの愛人デュランデの殺人の嫌疑の証明に奔走していくノラ。彼女の鬼気迫る行動は時にデュポン弁護士を苛立たせるまでになって来る。しかし、膨大な通話記録を整理していく中で、いかに警察の捜査が雑であったか、証人達の証言が曖昧で偽証も含むものであったか、そしてそんなことに拘らず裁判が進められて来たかが見えてくる。

 

そして、判決の日、ジャックは無罪となり物語は終わっていく。日本などと裁判の形式が違う上に、具体的な証拠による裁判というより心象や感情による判決が優先されるという裁判のやり方への疑問のメッセージを全面に押し出してくる演出はなかなかの迫力で、法廷劇の面白さと作者のメッセージが両立したなかなかの秀作という感じでした。

 

「心の傷を癒すということ 劇場版」

素直に何度も泣いてしまいました。映画全体が優しくて癒される秀作でした。こういう良い映画をたまには見ないと心が荒んでしまいますね。神戸の精神科医安克昌氏の著書を原作にしたNHKドラマの劇場版再編集作品ですが、本当に心が清められてしまいました。監督は安達もじり。

 

時は1970年の日本万博の年、神戸に住む安田家の三人の幼い兄弟のシーンから物語は幕を開けます。母の鏡台からから外国人登録証を見つけ、自分たちが在日韓国人だと知ります。父は事業家で、子供たちにも世の中の役に立つ人間になれと厳格に育てていました。長男は東大へ進みますが、次男の和隆は、中学時代から尊敬する精神科の先生に惹かれて、医学部に進み精神科医を目指します。そんな和隆を父は厳しく非難します。

 

やがて、映画館で知り合った終子と結婚、間も無く子供が生まれます。しかし、阪神淡路大震災が起こり、和隆は自分に何ができるのかと悩みます。しかし、精神的に支えること、自分ができる範囲で一生懸命働くことを実行していきます。

 

新聞社の求めに応じて、被災地での出来事を本にし、それが賞を取ることになりますが、そんなころ、父は病で亡くなります。亡くなる前、父は和隆のことを誇りにしていました。

 

ところが、ある日、腹部に痛みを覚えた和隆は、検査で癌が見つかります。間も無く三人目が生まれようとする頃、三人目の子供に光と名付けて和隆は死んでいきます。

 

セリフの一つ一つ、場面の一つ一つが実に優しい作品で、四話のテレビドラマを見事に一本の作品にまとめられていて、本当に良かったです。