予定していなかった作品でしたが、友人の薦めで見に行きました。インド映画ということもあり、勧められたとはいえ半信半疑でしたが、これは本当に掘り出し物だった気がします。ラストは涙が止めどなく流れてしまいました。
物語の組立が抜群にすばらしい。細かいディテールとそれぞれのエピソードがパッチワークのように組み立てられて次々と物語を前に前に押し進めていく。時に荒唐無稽なほどの展開も見え隠れしますが、それが娯楽であるという映画の本質を表現する役割になって観客をこの物語から遠ざけない。インドという国柄が見え隠れするところもあるので決して世界標準の完成された作品とはいえないまでも一級品と呼んでもいい出来映えの感動作品でした。
映画が始まるとハイウェイ、一人の男性が車から降りて置き去りにされる。主人公のクリシュナである。ニナという娘の名前を叫びながら放浪を始めるがどこか知的障害があるようである。非常にサスペンスフルな映像と導入部に一気に緊張感が走るが、そのあと警察に捕まって裁判されそうにあり一人の弁護士の助手の男ヴィノードに声をかけられるあたりのシーンは完全にコミカルである。
この男の同僚がアヌという新人の女弁護士で、成り行きでクリシュナを自宅に泊めることになる。
どうやらクリシュナの娘ニナが何者かに連れ去れられたらしい。
こうして、このクリシュナの過去が回想される。
クリシュナには愛妻バーナがいたが、娘を生んで息を引き取る。その後5年間、クリシュナはビクターの経営するチョコレート工場で働きながらニナを育てた。しかし、小学校へ行くことになったニナはそこでその学校の理事長の娘で事務長の女性シュベータと親しくなる。そして詩と朗読の発表の日、ニナの父の姿を見たシュベータはクリシュナがかつて家を出て結婚をした自分の実の姉の夫であることを知る。そして、姉の娘を知的障害のクリシュナから取り上げてちゃんとした生活で育てるべく理事長である父と相談しニナとクリシュナを自宅に引き取ることにする。しかし、途中でクリシュナが車から降ろされてしまい、冒頭のシーンとなるのです
クリシュナを自宅に泊め、いきさつを知ったアヌは悲しむクリシュナの見方となってニナを取り戻す決意をする。理事長の雇った弁護士はやり手のベテラン弁護士バーシャムである。こうして法廷戦へと物語がなだれ込んでいく。もちろん、シリアスな法廷劇になるわけではなくちょっとコミカルな展開と非現実的な場面も含めた展開になるものの、適度な緊張感よりもクリシュナがニナを慕う姿を前面にだした演出がじわじわと効いてくるのである。
クライマックス、負けそうになったバーシャムが最後にクリシュナを証人とし、彼の知的障害を証明して勝訴すべく彼を拉致する。そこでクリシュナはバーシャムの子供が熱を出しているのに気がついて薬をもらうために脱走したりするシーンが描かれて次第にこの弁護士バーシャムはクリシュナにほだされていく。よくある展開ながら、全体の物語のバランスがいいためにすんなりとこのシーンを受け入れてしまうのである。
そして、最後の法廷で、クリシュナはしどろもどろの受け答えをしあわや理事長側の勝訴にならんとしたとき、傍聴人席へシュベータがニナをつれて現れる。それを見たクリシュナはまるでお互いに手話を交わしているかのように心の会話を交わし、法廷の誰もがその様子に涙ぐみ始める。そして最後の最後理事長側の弁護士バーシャムはニナをクリシュナに返すことに「異議なし」と答える。理事長ももはやクリシュナの純粋な心とニナとの深い心の絆を断ち切ることはできないとあきらめるのである。しかし、証人弁論の席で必死で弁護士がクリシュナに「君にはニナを最後まで育てることはできない」と熱弁する姿が印象に残る。
さて、アヌのところで一緒のベッドでなかよく指人形の遊びをするクリシュナとニナのシーン。すべてがハッピーエンドと思われたが、夜中、アナがクリシュナのベッドをのぞくと二人がいないのだ。
クリシュナは眠りについたニナをつれて理事長の家に行き、「ニナを頼みます」とシュベータにニナを託す。自分に最後までニナを育てられないことは十分にこの法廷で理解したのである。ニナを託し一人去るクリシュナの姿でエンディングであるが、ここで再度涙が一気に頬を濡らしました。
2時間30分暗いの作品ですが、オリジナルは約3時間だそうです。映画祭出品のためにカットしたということですが、おそらくダンスシーンなどのインド映画独特の映像がカットされたのかもしれません。そのために、時折ぷつりと紋切りになるようなショットが見られるのはそのせいでしょう。アメリカ映画「アイ・アム・サム」のリメイク版だそうですが、設定のみをいただいただけということなのでオリジナルと見ていいのではないかと主増す。
クリシュナがニナを失った導入部から過去のシーンへのフラッシュバック、そして、現在に追いついてクライマックスの法廷劇へなだれ込むというストーリー構成のうまさが光る一本で、途中CGを使った派手な妄想のシーンや前半部分、子供ができて喜ぶクリシュナが歌を歌うシーンなどインド映画独特の映像がややバランスを崩して一本の作品としての一貫性が乱れるところもありますが、それは30分近くカットしたゆえんではないかと思います。一般の商業ベースに乗るようなオールラウンドな映像ではないのですが、映画ファンとしては一見に値する秀作だった気がします。おすすめいただいた方に感謝したいです。