くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「暗殺の森」(4Kリマスター版)「唄う六人の女」

暗殺の森

約十年ぶりの三回目の再見ですが、やはり傑作ですね。ベルトルッチ監督の才能が凝縮されているために難解になっていると言うのは事実ですが、オープニングからラストシーンまで全く無駄のない計算と演出意図を散りばめた映像、ヴィットリオ・ストラーロの目の覚めるような映像が見事にコラボして、完璧に近い映像表現になっています。今回、町山智浩という方の解説付きで、この解説は個人的には賛同もしますがちょっと違うという点もある中、参考にはなったのでよかったです。監督はベルナルド・ベルトルッチ

 

パリ、ホテルのネオンからホテルの一室にカメラが入ると、女性を傍に一人の男マルチェッロが目を覚ます。赤い照明が繰り返され、電話に応えて、外に出るとブルーの夜に秘密警察のマンガニエロが車で迎えに来る。マルチェッロはその車に乗り、指示により暗殺を命じられたクアドリ教授の元へ向かう。映画は暗殺の森へ向かうマルチェッロが、車の中で過去を回想する展開の二重構造で物語は流れていきます。

 

少年時代のマルチェッロはクラスメートに悪戯され虐められている。なんとか逃げたマルチェッロは一台の車に拾われる。車を運転していたのはリーノという男で彼はマルチェッロに悪戯しようと一室に連れ込む。マルチェッロはリーノが脅して来たピストルを奪いリーノを撃って逃げる。時はムッソリーニ政権下の独裁下のイタリア、イタロという盲目のファシスト党員の紹介でマルチェッロは秘密警察に所属することになる。彼の監視役はマンガニエロという男だった。

 

一方、マルチェッロは娼館へ行き一人の女と体を合わせる。やがてジュリアという恋人と結婚が決まる。パリへ向かう新婚旅行の列車の中で、ジュリアは自分が処女ではないと告白するが、マルチェッロにはどうでも良かった。列車の外に見える夕焼けの美しい映像からパリに入ってブルーに変わる演出が見事。

 

パリについてクアドリ教授の家にやって来たマルチェッロ達だが、そこでアンナという女性と出会う。それはかつてマルチェッロが娼館で惹かれた女性だった。アンナはクアドリ教授の妻であった。マルチェッロとアンナは急速に接近するが、ジュリアのマルチェッロへの気持ちも揺らいでいなかった。そして、パリに来て抱いてもらったことがないとせがんで来たりする。

 

マルチェッロらはサドウにあるクアドリ教授の別荘に招待される。アンナとジュリアはいつのまにかレズビアン的な雰囲気になり二人で踊り狂うが、マルチェッロはそこに入ることができなかった。マルチェッロはアンナと逃げるべきたという言葉も交わされるがマルチェッロには踏ん切りがつかなかった。

 

やがて、マルチェッロとマンガニエロの車は森の中、クアドリ教授とアンナの車に迫って来たが、マルチェッロは一歩を踏み出せない。クアドリ教授の車の前に一台の車が立ち塞がる。クアドリ教授が車の外に出ると、秘密警察たちが襲い掛かり、クアドリ教授は刺し殺されてしまう。アンナは車を飛び出してマルチェッロの車に助けを求めるがマルチェッロは窓さえ開けないで、アンナはそのまま秘密警察に殺されてしまう。何もできないマルチェッロをマンガニエロは臆病者と非難する。

 

時が経つ。ムッソリーニの政権が終わり戦後が来ていた。子供をあやすマルチェッロの姿、イタロから電話があったとシルビアが伝えて、マルチェッロはシルビアの制止も聞かずファシストの没落を見ると夜のローマに出ていく。そこでイタロと会い、ホモたちの集まる路地へ行く。そこで、殺したと思っていたリーノと再会する。マルチェッロはリーノをファシストだと罵倒、イタロも罵倒し、通りかかった若者たちの群衆にイタロは巻き込まれていく。一人残ったマルチェッロはその場に座り込む。何もできない自分に虚しくなる姿があった。

 

色使い、構図、カメラワーク、全てを計算し尽くした映像演出で描いていくベルトルッチの才能が見事で、若さゆえに怖さを知らずギラギラしたものが漂う作品に仕上がっています。もちろん、この後こなれて来て、商業的な作品に偏ったものになっていくとはいえ、やはりベルトルッチの個性はこの作品に集約されている気がしました。やはり傑作ですね。

 

「唄う六人の女」

なんとも汚い映画だった。汚いというのは、登場人物もそうですがお話もどこか薄汚れていて見ていて非常に気分が悪い。ファンタジックな中に社会問題を盛り込むならもっと綺麗に入れるべきだった。役者への演技演出が最初から汚れたまま、そのまま描かれていくので、とにかく汚い。さらに人物描写も舞台設定も安っぽくて、ちょっといただけない映画でした。監督は石橋義正

 

フォトグラファーの萱島と不動産屋の宇和島が、森の中、車を走らせている。和傘を着た白い着物の女がトンネルの外に立っていて、危うく轢きかけるが、宇和島が罵声を浴びせた瞬間、落石に衝突してしまう。カットは萱島と恋人のベッドシーン、そこへ萱島の父が亡くなったと連絡が入る。父の実家の山深い家にきた萱島は、隠し部屋を見つけ、そこで父が撮ったらしいフクロウの写真を見つける。

 

萱島は早速相続手続きと自宅売却にため、宇和島という不動産屋と会う。かねてからこの地を購入したいと言っていた宇和島なので、契約はスムーズに進み、宇和島は契約後東京へ戻る萱島を乗せて駅へ向かう。そして冒頭のシーンへ。二人が目覚めると一軒の家に縛られ、何も喋らない女達に拉致されていた。わけもわからないまま、宇和島萱島は脱出を試みるが、いつまで歩いても家のある森から出られない。女達は斧で襲って来たり、鞭を振るって来たりする。宇和島は六人の女の一人をレイプしたりしながら、脱出を試みる。

 

萱島は、森を彷徨っているうちに、沼に落ちた宇和島の鞄から書類を見つける。そこには、この地を核廃棄物の処理場にする計画と、この地には活断層があって処理場に向かないという調査結果の証拠が入っていた。萱島は、この書類を公にし、父が守って来た森を守るべくここに来たことを知る。そして、実家に捜索に来た恋人と再会し村を出ようとするが、萱島は、宇和島を証人として連れて帰ると言い出し、一人森に戻るため車を走らせ、再度落石に衝突してフクロウの森の家にやって来る。しかし宇和島と揉み合ううちに宇和島に殺されてしまう。恋人が道を戻り、落石に衝突した車の中に萱島を見つける。後日、萱島が託した書類で森の開発は止められ、萱島の実家で子供と暮らす恋人のカットで映画は終わる。

 

もうちょっと透明感のある演出ができなかったのかと思えるほどに汚れた展開で、宇和島がレイプする展開や、オーバーアクトな演技、妙に頼りない萱島の存在、意味不明な六人の女のシュールな映像シーン、そこに薄汚れた政治家や仲介不動産屋などなど、どれもがチグハグに組み合わされているので。作品が汚れているように見えてしまいました。残念な一本。