「ティル」
傑作だった。本来、黒人映画は苦手なのですが、この作品は1955年当時のアメリカの異様な緊張感と黒人差別の現実の重苦しいほどの圧迫感に投げ込まれてしまいました。しかも、映像作品としても非常に優れていて、明るいオープニングの中にも張り詰めた何者かを感じさせながら、じわじわと観客を当時のアメリカに引きづり込んでいきます。メイミーを演じたダニエル・デッドワイラーの圧倒的な演技力に涙が止まらないし、テーマに沿って色彩にもこだわった絵作りも一級品の仕上がりになっています。考えさせられるメッセージも押し付けがましくなく伝えてくるし、それでいて娯楽性も兼ね備えている作りが上手い。エメット・ティル殺害事件を扱った作品ですが、母と子の純粋な人間ドラマとしても秀逸でした。監督はシノニエ・チュクウ。
1955年8月、シカゴ、陽気に車の中で歌うエメットと母親のメイミーの姿から映画は幕を開ける。ティルの父は第二次大戦で戦死した英雄で、メイミーは空軍で働いている、いわゆる裕福で普通の黒人家族である。夏休みにミシシッピーマネー市で農園をする叔父のところへエメットを遊びに行かすことになりその準備をしていた。メイミーはエメットに、ミシシッピーでは言葉や行動には気をつけるように再三注意し、駅で列車に乗せる直前までメイミーは心配が隠せないままだった。エメットは父の形見の指輪を手にして出かけていく。
エメットは叔父の農園で綿花採集をして従姉妹たちとふざける日々だったが、シカゴで待つメイミーは気が気でない日々を暮らしていた。南部に位置するミシシッピー州はまだまだ黒人差別が通常で、最近も、黒人有権者に関する件で事件が起こっていた。エメットは農園での仕事の後従姉妹たちとブラントン食料品店にやってきた。エメットは店の中でキャンディを買おうとし、レジにいる白人女性キャロリンに、ハリウッドスターみたいだと陽気にからかい、出口で口笛を吹いて笑う。ところがそれを見た従姉妹たちは大急ぎで車に乗り逃げようとする。キャロリンは銃を持ち出していたのだ。この地では黒人が白人を揶揄うことなど命に関わる事件だった。
そして三日が経った深夜、叔父の家に白人の男たちが押しかけてくる。そして銃を突きつけてエメットを連れ出し、トラックに乗せ立ち去る。叔父たちはなすすべもなかった。ブラントンの農場で働く黒人の小作人の一人が黒人少年の死体らしきものをトラックに積むのを見てしまう。一方、メイミーはエメットのことが心配で仕方なく、一週間しか経っていないが、連れ戻そうと決意する。そこへ、エメットが誘拐されたと連絡が来る。メイミーは、黒人支援団体の力を借りてミシシッピー州マネー市の叔父のところへ行き、エメットを捜索し始めるが、まもなくして、水死体で発見される。
メイミーは、エメットがミシシッピー州で埋葬されることは拒否してシカゴへ遺体を引き取る。そして、腫れて膨らんだ遺体を見、形見の指輪をなども確認してエメットであることを確信、さらに、遺体が見えるようにして棺に入れて葬儀をすることにする。ジャーナリズムはこぞってこの事件を取り上げるが、決して全てがメイミーに味方ではなかった。
やがてブラントンら誘拐に関わった人物が逮捕起訴され、裁判が行われることになる。メイミーは危険を顧みずミシシッピーマネー市へ出かけ、現地の支援団体と協力して裁判での証言台に立つ。しかし、陪審員は全員白人であり、法を司る裁判官、保安官、さらに子供でさえ黒人への視線は厳しかった。
メイミーは被告弁護人からの辛辣な質問に、敢然と受け答えする。この場面はとにかく圧巻である。さらにエメットがトラックに乗せられたことを見た黒人の小作人の証言も無事終わるが、最後にキャロリンが証言台に立つ。彼女は、レジにいる際、エメットに執拗に絡まれ、あわやレイプされそうになったかのような証言をするに及び、評決を待たずにメイミーは法廷を後にしてシカゴへ向かう。車の中で、ブラントンらが無実になった評決がラジオから流れてくる。
シカゴに戻ったメイミーは黒人支援団体の演壇に立ち、今回の事件と自分の思いを語った後自宅に戻る。薄暗いエメットの部屋に入ったメイミーだが、部屋の中は次第に明るくなり、微笑むエメットの姿がメイミーの目の前に現れて映画は終わる。この場面は涙が止まりません。エンドクレジットでは、その後の事件の行末、ブラントンらは一年後にLOOKの取材に殺人を認めたが、礼金をもらって普通に暮らした旨がテロップされ、2022年、ようやく反リンチ法が成立したと映されてエンディング。
感情を必死で堪えた末に溢れる悲しみを見せるダニエル・デッドワイラーの演技が恐ろしいほどに胸に迫ってくるし、街中での黒人への辛辣な白人の視線よりも、一見普通に生活している黒人たちのどこか緊張した面持ちを映し出すカメラが素晴らしい。光や色彩、さりげない言葉の端々に徹底したメッセージを盛り込んだ演出も見事。メイミーの恋人ジンの話など脇の部分がやや弱いのですが、芯がしっかり通ったなかなかの作品だったと思います。
珠玉のラブストーリーという言葉がぴったりのほのぼのした夢のようなロマンティックムービーでした。延々会話劇というスタイルで、電車の中で出会った二人が翌朝別れるまでのひとときに、二人が惹かれた一瞬の心の景色を映し出していく作りがとっても透明感あふれる画面になっています。不思議に心に残る映画という感じの一本だった。監督はリチャード・リンクレイター。
ブタベストからパリへ向かう列車の中、ドイツ語で激しく夫婦喧嘩する場面から映画は幕を開ける。近くに座って本を読んでいたセリーヌは、最初は無視していたが耐えられなくなり席を立って少し後ろに移動する。そこで、通路を挟んで本を読んでいるジェシーと顔を合わせる。喧嘩をしていた夫婦が通路を通り過ぎてまた戻ってくるので、ジェシーはセリーヌを食堂車へ誘う。
ジェシーはアメリカ人で、ブタベストからウィーンへ向かい、そこで飛行機に乗り換えてアメリカに戻る途中だった。セリーヌは、パリの大学に通っていて、このままパリを目指していた。二人は食堂車の中で意気投合し時間を忘れる。まもなくしてウィーンに到着するが、ジェシーは、一緒にウィーンで降りようとセリーヌを誘う。セリーヌも申し出を受け入れて二人で列車を降りる。
ジェシーは、明日の九時半の飛行機に乗るまでは、金もないので一晩歩き回るのだという。二人は、芝居に出ている若者からチケットをもらったり、カフェで手相占いをしてもらったり、街を見下ろして話したり、バーでワインを手にれて公園で飲んだり、観覧車に乗ったりして過ごす。その間、二人はクイズを出し合ったり、お互いを話したりするが、必要以上に踏み込むことはなく、それでもお互いの気持ちはどんどんか絆を深めていく。
レストランでお互いに友達に電話をする真似事をして、それぞれが出会ってからどういうふうに惹かれあったかを話すシーンがとっても素敵。やがて夜が明けて、別れの時が来て、セリーヌの乗る列車のところまで来たジェシーは、このまま別れたくないから、半年後にもう一度会おうと約束して抱き合う。セリーヌはパリへ向かう列車の中、ジェシーは飛行場へ向かって映画は終わる。
延々会話シーンのみというシンプルなスタイルですが、お互いがどんどん惹かれて恋に落ちていく様子が画面から浮かび上がってくるのがとってもロマンティックで素敵です。透明感溢れるラブストーリーの秀作という一本でした。