くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「マダム・ウェブ」「落下の解剖学」

「マダム・ウェブ」

前半、説明過多でちょっともたつくものの中盤からクライマックスにかけて、どんどん主人公の能力が目覚めて来るとエンタメ感が増してきて楽しめました。マーベルコミックのマダム・ウェブ誕生の物語という展開ですが悪役が精彩にかけてカリスマ性不足で、テンポが悪くなっているのはさすがに残念でしたが、全般には異色作の面白さがありました。監督はS・J・クラークソン。

 

1973年ペルーアマゾンの奥地、希少な蜘蛛を調査しにきたカサンドラと相棒のエゼキエルの姿から映画は幕を開ける。カサンドラは妊娠していてすでに臨月だった。この地にはクモ人間という伝承が残されていて、さがしている蜘蛛には奇跡的な治癒能力が期待できた。そしてカサンドラはついにその蜘蛛の捕獲に成功するが、突然エゼキエルが従者らを銃で撃ち殺し、カサンドラから蜘蛛を奪おうとする。抵抗するカサンドラを撃ち蜘蛛を持ってエゼキエルは逃げてしまう。瀕死のカサンドラをクモ人間たちが救出し、洞窟の中で出産させるが、間も無くカサンドラは死んでしまう。そして30年後、2003年に舞台が移る。

 

救急隊のキャシーはこの日も救急活動に勤しんでいた。相棒のベンと飛び回る日々だったが、ある日、橋梁に突っ込んだ車から救出する際、キャシーは車もろとも川に落下してしまう。九死に一生を得て助かったが、この日からデジャヴのように景色を繰り返すようになる。

 

その頃、エゼキエルは、巨万の富と権力を手にしていたが、毎晩三人のクモ人間に十年後殺される夢を見ていた。政府組織の最新システムを盗んだエゼキエルは、自分を殺す三人の現在の姿を再現して亡きものにしようと追跡を開始する。三人はジュリア、マティ、アーニャという名でまだ未成年の少女たちだった。エゼキエルには蜘蛛の毒から得た超人的な力があった。

 

キャシーはその後も時間を繰り返す経験を重ね、同僚の事故を予知したものの防げなかった自分を後悔していた。しかし、たまたま窓にぶつかって死んだ鳩をタイムループで助けたことから、自分にできる何かを求めて列車に乗る。ところがそこに乗り合わせた三人の少女が謎の男に殺される景色を見てしまう。キャシーは、三人に迫るエゼキエル=クモ男から救出して脱出する。執拗に追って来るエゼキエルを巻いて森に逃げ、キャシーは母が残したノートを見直すべく自宅に戻る。

 

三人を取り逃したエゼキエルは、捜査システムで三人を追っていたが、三人がキャシーを待ちくたびれて勝手にファミレスに行ったところを発見する。駆けつけたキャシーに三人は救出され、そのままベンの弟夫婦の家に三人を預けて、キャシーは母が残したメモを元にペルーに向かう。そして、母を助けた人物に会い、いずれ目覚めて来るキャシーの能力について教授される。キャシーの母カサンドラは、キャシーがお腹にいる時、キャシーは筋肉が弱る病を先天的に持っていると忠告されていた。そして奇跡を信じてペルーに行ったのだった。

 

一方、ベンの弟の妻が突然破水し、急遽病院へ向かうことになり、車で家を出たところをエゼキエルのシステムに発見される。そこへ戻ったキャシーは救急車を奪取して三人を救出、エゼキエルを倒すべく、花火工場の廃工場へ向かう。そこでキャシーは自らの予知能力を駆使して巧みに火薬を爆破させながらエゼキエルを翻弄していき、最後にとうとうエゼキエルを倒すが、キャシーは川に投げ飛ばされて沈んでいく。三人がキャシーを助け蘇生したがキャシーは両目が見えなくなっていた。家庭に顧みられていない三人は家を出てキャシーと暮らすようになって映画は終わる。

 

予知能力を駆使して悪を退治するマダム・ウェブの誕生で締めくくるのですが、クライマックスの花火シーンはなかなか面白い。キャシーの母の行動説明やエゼキエルの背景、三人の少女の家庭事情などが言葉の説明だけで済ませていてやや雑で全体に優れた仕上がりとは言えないけれど、地味ながらに、派手なアクションとはまた別のエンターテイメントを楽しむことができました。

 

「落下の解剖学」

覚悟はしていたけど、相当にハードな映画でした。物語はシンプルですが、延々と戦わされる機関銃のような法廷劇シーンだけでなく、ふっと息を抜いた時のわずかなセリフにも意味を込め、さらに何気なく捉えているカメラの先に映る犬や雪景色、草原との色彩対比、わずかなカメラアングルにも描かんとするメッセージを込めていく演出は恐ろしい。これほどまでの作品になると、わからなくても、また感動しなくても、受け入れられなくても決して恥ずかしくないのではないかと思えます。唖然とさせる傑作だった。監督はジュスティーヌ・トリエ。

 

雪深い山荘、階段からボールが落ちてきてそれを咥えに一匹の犬が降りて来る。作家のサンドラは学生のインタビューをこの家で受けている。突然、階上で大音響で音楽が鳴り始める。サンドラの夫が鳴らしているらしい。サンドラの息子ダニエルが愛犬のスヌープをお風呂に入れてやろうとしている。嫌がる犬を無理やり洗ってやるダニエル。サンドラのインタビューは、嫌がらせにしか聞こえない大音響の音楽でとうとう中止になり、学生は帰ることにする。ダニエルはスヌープを連れて散歩に出る。ダニエルは視覚障害があるようで真っ黒なサングラスをかけている。

 

ダニエルが戻ってくると小屋の前に父サミュエルが頭から血を流して倒れているところに出会し、母サンドラを呼ぶ。救急車が来たがすでにサミュエルは死んでいた。どうやら三階から落下したようだが、小屋の前の物置に飛び散った血などから警察は他殺ではないかと疑い始め、サンドラが被疑者とされる。サンドラは旧友で元彼のレンジに弁護を依頼する。そして一年が経つ。

 

裁判が行われ、サンドラは法廷で執拗な検事の追求を受け始める。サンドラはバイセクシャルで、夫を愛しているが、インタビューに来た学生も誘惑したとか、過去の不倫疑惑まで表にした末、サンドラとサミュエルは日頃から口喧嘩が絶えず、その様子をダニエルも聞き知っていたことなどへも言及していく。

 

サミュエルもまた作家だったが、ダニエルが四歳の時、サミュエルに代わってシッターと出かけた際に事故にあい、その責任を感じて自身の作家活動が滞っていた。しかしサンドラの仕事は順調だった。サミュエルはこの地に移り住み、末は民宿を経営しようと室内の改装などもしていた。サミュエルはサンドラとの喧嘩を録音していて、その録音も証拠として裁判で公開される。ダニエルには、精神的なサポートと母サンドラの証人でもある関係で裁判所からマルジェという女性が付き添うようになっていた。

 

法廷では、検事は時に作家であるサンドラとサミュエルの立場などを引き合いにしては、サンドラが殺害したのではないかと問い詰めるが、いつのまにか唯一の他殺の証拠である小屋の血痕さえも傍に置かれ、状況からの推測が次第にその割合を占めていくようになる。次々と登場する証言者の証言に推測の域がどんどん追加されて、末は、過去にサンドラが書いた小説を検事は引き合いにし始めるに至って、果たして真実はどこから現実的なものとして具体化するのか翻弄され始める。

 

サミュエルは過去に自殺未遂したこともあり、アスピリンを大量に飲んで吐いたこともあったとサンドラは証言するが、それが今回の落下事件に結びつくのかさえ曖昧になる。そして一通りの証言が終わり週末に結審されるはずが、ダニエルが最後に証言したいと言い出し、週明けまで結審が延ばされる。

 

ダニエルは週末にサンドラと一緒に過ごしたくないと言い、サンドラは家を離れ、ダニエルはマルジェと週末を過ごすが、ダニエルはスヌープに大量のアスピリンを飲ませる。かつて、スヌープが吐いたことがあり、どうやらサミュエルが自殺未遂で吐いた吐瀉物を口にしたことがあるのではないかと実験したのだ。ダニエルはマルジェに、サンドラが殺したのではないと思っているが、過去の父サミュエルの自殺未遂などは知らなかったことから、最後の証言をどう話すか悩んでいると言うと、マルジェは、真実はどれかは自身で決めるべきだと進言する。かなり意味深なアドバイスです。

 

週明け最後の証言台に立ったダニエルは、かつてスヌープが病気になり、サミュエルと病院へ向かう車の中で、いつかは死を迎えることは覚悟しないといけないと言われたと話す。そしてそれは犬のことではなくサミュエル自身のことだったのかもしれないと話す。結局、サンドラは無罪が認められる。サンドラは車の中でダニエルに、家に戻ってもいいか尋ね、ダニエルは了解するが、サンドラはレンジらと酒を飲んで、無罪を喜び夜遅くなって家に戻る。マルジェは今夜は二人きりで過ごした方が良いと家を後にし、サンドラは眠ってしまったダニエルをベッドに連れていき寝かしつけた後、自分はベッドに横になる。傍にスヌープがやってきて添い寝して映画は終わる。

 

真相を推理する作品ではなくて、具体的な証拠から入る物語がいつの間にか推測の中に埋もれ始め、結局、最後の結論はどう締めくくるかを決めた事による結果として収束すると言う恐ろしく奥の深いメッセージを含めた仕上がりになっている。舞台がフランスグルノーブルになっていること、サミュエルはドイツ生まれで、サンドラはフランス語は苦手で英語を話す事、ダニエルが視覚障害である事、犬の使い方、スヌープが追いかけるボールや小枝、アスピリン、酒、這うようなカメラアングル、それぞれに無駄のない演出を施した恐ろしい作品で、見終わってぐったりとしてしまった。果たして自分の解釈が正しいのか自信がないが、映画作品としては群を抜いたヒューマンドラマの傑作だったと思います。