くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「THIS MAN」「クイーン・オブ・ダイヤモンド」「あんのこと」

「THIS MAN」

適当な脚本と適当な演出の典型的な低予算C級ホラーだった。もしかしたら面白いかもと見に行ったが、予想通りのレベルだったので自分でも笑ってしまった。監督は天野友二朗。

 

いかにも幸せそうな家族の映像が繰り返される。八坂華とその夫義男、ひとり娘の三人は森の中の家で幸せな日々を送っている。最近、夢で眉毛が繋がった男を見たら死んでしまうという都市伝説が広がっているのを知る。一人の女性が首筋を切られて無惨に殺され、それを二人の刑事が捜査をするが、自殺した者もいれば事故死した者もいて、共通するのは夢で眉毛が繋がった男を見たと言うだけだった。

 

華は仲のいい友達と食事をするが、その友達も夢で男の姿を見て、まもなくして死んでしまう。華もまた夢で男を見てしまい、友達に教えてもらった呪術師のところへ行く。呪術師は、呪いを別の人物に移すことはできると答え、華は除霊の儀式をする。しかし、まもなくして娘が事故死してしまう。華のついた呪いが娘に移っていたらしい。ショックを隠せない華と義男だが、時間が少しずつ心を癒して行く。しかし、世の中には呪いが蔓延し、政府より自殺の薬を配られるようになり、世界中で呪いの結果無くなる人が急増、捜査していた刑事も男を見たために自殺してしまう。

 

そんな時、義男もついに夢で男を見てしまう。華に隠さず家を出るが、間も無く死んでしまう。しかも義男の死体を使って華の妹がハンバーグを作るというスプラッターな展開が起こり、ついに華は、自分を生贄にして呪いの男を地獄に送り返す儀式を呪術師に依頼する。そして除霊の儀式が行われるが、呪術師のかつての仲間も駆けつけ、生贄無しに呪いの男を地獄に送り返す事に成功して映画は終わる。最初からやればええやんという展開に笑ってしまう。

 

なんとも適当そのもののストーリー展開に終始苦笑いしてしまうが、こう言うのを普通に劇場公開していると言う現実に笑ってしまった。

 

「クイーン・オブ・ダイヤモンド」

自身の感性の赴くままに撮り、編集し、表現して行くというタイプの映画で、これと言う物語もなく淡々と場面が繰り返されて行く。正直退屈というより、何を見るのかと考えているうちに映画は終わった。この監督のこれが個性なのだろう。監督はニナ・メンケス。

 

真っ赤なマニキュアの手から映画は幕を開ける。どうやらこの女性が主人公フィルダウスらしく、老人の介護をし、カジノでカードのディーラーをし、アパートでは隣人のカップルが喧嘩をしているのを見る。友人らしい黒人の女性が訪ねてきて、またディーラーをしている場面が繰り返される。隣人の結婚式が催され出席するものの、それほど感銘も受けないまま、帰り道ヒッチハイクで乗せてもらった車が遠ざかって映画は終わる。

 

一人の女性が対峙する倦怠感や暴力、孤独などなどを、感じるままに映像で表現して行く感じで、映画作品というより映像作品とジャンル分けしたくなるような映画だった。

 

「あんのこと」

めちゃくちゃに良かった。コロナ禍が単に病気の悲劇だけではなかったことへの着目も素晴らしいが、前半、刑事やジャーナリストと主人公との物語から、ふっと展開を変えての後半から終盤へ続く構成が見事。新人女優でダントツの実力者河合優美の圧巻の演技だけでなく佐藤二郎、稲垣吾郎の押さえた存在感も映画に恐ろしいほどのインパクトを作り出した気がします。久しぶりに劇場を出た後も、そして帰り道でも思い出すたびに嗚咽が止まらなかった。傑作。監督は入江悠

 

夜明けの歓楽街でしょうか、一人の少女杏が歩いている場面から映画は幕を開ける。場面が変わるとホテルの一室、覚醒剤を打つ男のそばに半裸の少女杏がいる。金を先に欲しいと迫る杏だが男は薬でふらふらになっている。結局、男は気を失うようにその場に倒れ、杏は部屋を逃げ出そうとするが掃除婦の姿を見かけて部屋に戻る。そして逮捕される。彼女は多々羅といういかにも無骨な刑事に取り調べを受けるが、取調室で突然ヨガを始める多々羅に呆れてしまった杏は隠していた覚醒剤を出す。

 

多々羅は杏を更生させるべく、自身が参加しているサルベージという更生会に連れ出し、とりあえず売春をやめるように杏に言う。この施設にはジャーナリストの桐野も出入りしていて、多々羅、杏らと三人は親しくなって行く。中学校も卒業できていない杏に桐野は漢字を教えたりし始めて、多々羅が行きつけのラーメン屋で食事をしたりする。杏は祖母と母の三人暮らしだったが、杏の母春海は男を連れ込んでは杏に暴力を振い、杏に体を売らせて金をせしめるような人だった。多々羅と桐野は杏をDVから隔離するマンションに転居させ、杏が介護施設で働きたいということから桐野の知り合いの介護施設で働くようになる。

 

杏は次第にサルベージでも話すようになり、多々羅が勧めた、覚醒剤を使わない日に丸をするための日記も欠かさず書き込むようになって行く。ところが、多々羅がサルベージで知り合った、更生を目指す女性をホテルで暴行したという嫌疑がかかり、その証拠を手にした桐野はそれを記事にしたために多々羅は逮捕される。おりしもコロナ禍で杏が通い始めた定時制の学校も休校になり、職場も臨時職員は一時解雇になって杏は人と接することが絶たれてしまう。そんな時、突然一人の女が幼い子供を杏に押し付けて姿をくらましてしまう。

 

杏はどうしていいかわからないままに、その子供隼人の世話をする事になる。見よう見まねでオムツを買い、おもちゃを買い、ご飯を作り、バギーを盗んで隼人を遊ばせるなどする。ところが、たまたま買い物帰りに杏の母春海に見つかってしまい、強硬的に家に連れ戻された上、母が隼人を人質に杏に売春を強要させてしまう。杏が金を稼いで帰ってみると、母はかってに隼人を児童相談所に引き渡してしまっていた。杏は思わず包丁を持って母に迫るが、すんでのところで躊躇して家を飛び出し夜明けの歓楽街を彷徨った末自宅のマンションに戻る。そして、絶っていた覚醒剤を打ってしまう。自責の念に襲われた杏は日記を燃やそうとするが、一ページだけ破りとる。隼人に買ったおもちゃを片付けた杏は、ゆっくりとベランダに行き、ベランダの手すりを開く。

 

桐野は、杏が飛び降りたことを聞いて現場に駆けつける。そして、留置所に多々羅を訪ねる。自分が記事を書かなければ杏は自分たちに相談することができ、死ぬことはなかったのかという問いに、多々羅は、覚醒剤常習者が覚醒剤で死ぬことは絶対になく、これまでの努力が全て崩れた瞬間に命を絶つのだと話す。役所で隼人を引き取った実母三隅沙良が職員に、この子がこうして元気なのは杏がいたからだと話す。職員は隼人の母に、杏の遺体のそばに落ちていた日記の切れ端を見せる。それは隼人の食べられないアレルギーのリストだった。沙良は隼人を抱いて去っていって映画は終わる。

 

とにかく、脚本が抜群に良くできていて、物語の展開が素晴らしい。隼人はベランダに出ようとするのを戒める杏の伏線や、杏の遺体のそばにあった日記の切れ端に書かれていたには隼人のアレルギー食品についてのメモだったりと、隅々まで徹底的に描こうとした力の入れようが半端ではない仕上がりになっています。河合優美の圧巻の演技もさることながら、直接心に突き刺さってくる迫力に打ちのめされてしまいました。傑作だった。