くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「切腹」

切腹

宮島義男の映像芸術を堪能しました。
構図の素晴らしさ、引いては寄る、寄っては引くカメラワークの醍醐味、シネスコ1:2の横長の画面を徹底的に利用し、傘の骨の隙間から見せる人物の背中、また柱と柱を縫いながら移動しその向こうに見せる人物同士の会話。監督は巨匠小林正樹

時として大きくクレーン撮影で俯瞰するかと思えば軒先の縁側の角から人物の顔をアップで捕らえる白眉のカット、さらに五丈が原の一騎打ちのシーンは黒澤明の「姿三四郎」のクライマックスを思わせる一方で、井伊家の中庭での大殺陣回りで見せる豪壮なカメラワーク。時間の経過を見事な照明演出で見せていくきめ細かさ。まさに名作とはこれだといわんばかりの迫力を堪能しました。

物語は真正面から井伊家の代々伝わる鎧兜を捉えるシーンから始まり、ふすまの井の字を真っ直ぐにみつめる構図など、正面から真っ直ぐ捕らえるカットをつないでいって、随所に形式にこだわった典型的な武家の家の姿を紹介していきます。
そんな由緒ある武家屋敷へ1人の浪人津雲半四郎(仲代達矢)が軒先に現れます。すでに仕官していた家も取り潰され、この先新たにつかえる見込みもない中、武士として浪々の身を過ごすのは忍びないので軒先で切腹をしたいという。

浪人の申し出に老中(三国錬太郎)は奥へ通し、先ごろ、そうした金銭目当てのようなやからが増え、先日来た一人の千々岩求女という浪人の話を始めます。
その浪人は、切腹したいというのは表向きで、それが迷惑で追い返す際の金銭目的のようだったので、老中は真に受けたフリをして切腹の段取りをしたとのこと。刀も竹光だったが、それで無理やり切腹させて、もがき苦しみながらの辱めを与えた旨を伝えます。しかしながら、半四郎は自分の切腹正真正銘であると、是非にという依頼をしたので老中は、中庭へ通し、いざ・・切腹。と、ここからがこの作品の本編、真骨頂です。

実はこの半四郎、先ごろ切腹した千々岩求女の父とは入魂の仲で、お家取り潰しの際の父の死後、息子のように育て、自分の娘の夫として選んだ男であると口上します。
浪々と、井伊家に辱められた求女の、ここへくるまでの不幸ないきさつを述べ、形式的に武家の威厳を保つために取られた老中たちの仕打ちを非難します。
時の動きを光の描写で見事に演出し、中庭での仲代達矢の姿を効果的に増幅します。

映像の素晴らしさも見事ですが、仲代達矢が井伊家に乗り込む際の迫力、中庭で周りを一喝するときの声の迫力の一方で自分の娘を求女の嫁にすべく頼みに行くときのしどろもどろのせりふ、しぐさ、孫に向かうときの無邪気なおじいさんの姿などその演技も見事なものでした。

クライマックス、井伊家での大立ち回りの徹底した様式美の世界、殺陣はややぎこちないがそれもまたリアリティのなせることかと納得すれば、徹底的に主題に向かっていく映像創作の面白さはこの映画に尽きるといってもいいでしょう。
エンディングで何もかもが元に戻っていくむなしさは、まさに現代的な風刺も効いて単調な時代劇にとどまらなかったできばえは素晴らしいといわざるを得ませんでした。