くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「黒い河」「この広い空のどこかで」

黒い河

「黒い河」
米軍基地のそばの繁華街とぼろアパートを舞台にした群像劇。やくざに犯された娘静子とその静子に惚れて芝居を打って無理矢理自分のものにしたやくざジョー仲代達矢)、さらにこのぼろアパートにやってきてその日に静子に一目惚れされた学生の西田(渡辺文雄)の物語を中心に、ストーリーが展開していく。アパートの住人の個性あふれるキャラクターの造形と背後に突然聞こえるジェット機の轟音や派手な音楽、あるいは蝉の声など音の効果を最大限に利用した小林正樹の演出がすばらしい一本である。

なんといっても必見は自分の想いをうまく伝えられないジョーを演じた仲代達矢のぎらぎらした演技のすばらしさが光る。好対象の正義感西田の静かな存在感が作品に深みを添える上に、アパートの住人たちのそれぞれの生活感が当時の世相さえ反映して不気味なほどにシリアス物語として結実、そこに生まれるあまりにもはかないラブストーリーが独特のムードの作品となって完成されています。

群像劇というのは演じる俳優たちの演技力も要求されますが、それをまとめる演出力がなんといっても一番要求されると思います。中心になる登場人物を際だたせるとともに周辺のキャラクターもしっかりと生きさせなくてはならない。その点ではこの作品の完成度は見事なものです。

さらに、世界最初のヌーベルバーグといわしめた見事な演出。静子の持つパラソルを効果的に画面に多用し、ラストシーンでは突き飛ばした静子の走り去る後にトラックの傍らにパラソルを転がすというモダンなエンディングを用意する。これこそ、オーソドックスな映像にこだわりながら、その最先端の映像芸術を目指した小林正樹の演出の真骨頂でしょう。

モノクロームの映像に展開する当時の経済的な困窮、そこにさりげなく一輪の花のごとく登場する静子という上流階級の花。その花に群がるヤクザ、ポン引きする男(東野英治郎)当時の世相に矛盾を抱きながらも生活する西田、彼らをどこか好意的に見つめるチンピラなど、時代を映し出しながらも映画として完成されている。

ぼろアパートの傍らに繁華街があり、駅があり、米軍基地があるというシチュエーションのおもしろさ、このドラマ性の組立のうまさこそが才能ある演出家に与えられた手腕と呼べるものでしょうね。見事でした。

「この広い空のどこかに」
とってもいいホームドラマ、という感想がぴったりの作品でした。松竹映画なので得意分野ですが、他の監督の作品とはまたひと味違った作風が心地よい感動を呼んでくれます。

競輪場が近くにある酒屋を舞台に恋愛が世間で徐々に浸透し始めた世相を背景に、まだかすかに残る戦禍の後遺症も交えながら、時代の流れを的確に描いていきます。

主人公は恋愛結婚した若夫婦良一(佐田啓二)とひろ子(久我美子)、さらに空襲でびっこになった義理の姉泰子(高峰秀子)、新しい時代に今一つしっくりなじめない舅のしげ(浦辺粂子)、今風の学生ながらちょっと脳天気な弟登。絶妙のせりふの応酬と丁寧な心理描写、そして家の中から常に軒先をとらえるカメラの視点が暖かみのある庶民の生活をさりげない事件を交えて展開していく。

近年の山田洋次作品でもなく、小津安二郎作品でもなく木下啓介でもないホームドラマ。どこかにちょっとクールでシリアスな微妙な展開を交える小林正樹の演出は単なるほのぼのしたホームドラマに終始させず、些細なことで壊れそうになる微妙な過渡期の日本の姿を見事にスクリーンに表現してきます。

田舎からかつての幼なじみを訪ねて久我のところにくる青年信吉の存在や弟の学友が住み込む富裕層の子供が見せる残酷さ、さらにその学友が胸の病で学校を辞めて田舎に帰らざるを得なくなる現実など、一歩引いた視点で家族を見つめる目は独特のものがあります。

ただ、一方で良一とひろ子が空想のボールを屋上から投げるファンタジックなシーンも交えている。

酒屋を舞台に最後まで描けばいいかと思うが、そこは高峰秀子がスターであるのでその見せ場のためにとってつけたような山の中で幸せになるシーンを挿入する余裕はまさに日本映画黄金期のなせる技であろうか。

そんな高峰秀子の姿をみるためにしげとのぼるが旅立ち、家族の誰も彼もが丸くおさまり、それまで登場した人たちがそれぞれの居場所で落ち着いてハッピーエンドのごとくなって、ようやくふたりきりになった良一とひろ子がお茶を飲むシーンを戸の奥に想像させるカメラショットで映画が終わる。これぞ松竹ホームドラマのエンディングである。

少々、脚本がてんこ盛りになりすぎたような気もするが、さすがにこの時代の日本映画は安心してみていられるからすごいですね。いい映画でした。