くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「空気人形」「あの日、欲望の大地で」

空気人形

「空気人形」
現代の寓話ですね。是枝裕和監督は「誰も知らない」でも都会に存在する一種の寓話を描きましたが、この作品でも原作があるとはいえ、現代人の心の空虚を人形の形を借りてファンタジックに作り上げた都会の寓話ではないかと思います。

窓ガラスに二重に映る都会の夜景が不思議なくらい非現実的に美しいファーストシーンから始まります。この部屋にいわゆるダッチワイフである空気人形と暮らす秀雄(板尾創路)はある意味現代のどこにでもいそうな1人暮らしの男である。カメラはゆっくりと横にパンを繰り返してこの寂しげなそしてそこか殺伐とした都会の一室の世界をファンタジックに映し出していきます。夜のネオンの光を巧みに利用した画面の構図が随所にちりばめられて、寓話であることが示されていきます。

そんな殺伐とした部屋の空気人形は、ある日ふと心を持ってしまいます。そしてメイド服を着た彼女はいそいそと外の世界へ。
片言の言葉をしゃべりながら、始めてみる世界をふらふらするうちに一軒のレンタルビデオ店に迷い込みます。ここからが不思議ワールドの始まりですが、どこか、殺伐としたムードは決して消えないところが是枝監督の演出でしょうか。

このビデオ店で知り合った青年純一(ARATA)にほれてしまう空気人形は、ここでアルバイトを始め少しずつ人間に近づきます。それでも時折光に透けてみる自分の姿が妙に寂しげ。
昼はバイトをし、夜は秀雄の部屋に戻って人形の生活。その中で恋を知り、人の悲しみを知り、都会の孤独を知る。
ところが、ふとした弾みで空気が抜けて純一に人形であることがばれたにもかかわらずさらに惹かれあってデートを繰り返すあたりから俄然物語りはピュアなラブストーリーへ。

しかし一方で何気ない周りの人間たちはひとたびひとりになるとなんとも寂しい生活をしている。この繰り返される演出はこの映画のテーマであるようですね。
それぞれの人間が実は空虚な空気人形と変わらない生活をしている。

クライマックスにあるややスプラッターなシーンはちょっといただけませんが、それに続く美しいエンディングはこの映画の救いかもしれません
たんぽぽの花粉が舞うシーンの中で息絶えていく空気人形。周りに置いたガラス瓶、それを見て「きれい」とつぶやく過食症のOL(星野真理)
都会のむなしさを見せ付けつつも先に希望を残したラストシーンは印象的です。良い映画です。


「あの日、欲望の大地で」
「バベル」「21グラム」の名脚本家ギジェルモ・アリアガの初監督作品。見事な構成と時間を自在に操った演出、的を射た脚本、なかなか見ごたえのある秀作でした

トレーラーハウスの炎上のワンカットそれに続くとある部屋でのシルヴィア(シャリーズ・セロン)とジョンとの情事のあとのシーンに始まります。

そのあと、トレーラーハウスで死んだ不倫同士の女と男の様子、それぞれの家族の姿がかぶさり、又もとの場面へ。
シルヴィアは有名レストランのマネージャの傍ら行きずりの情事を繰り返す謎の女。しかし、1人の男カルロスが彼女に近づいてくる。
一方で交錯するトレーラーで死んだ男ニックとシルヴィアの母ジーナ(キム・ベイシンガー)との不倫関係の物語、そして時をくだって、二人が死んだあとのジーナの娘マリアーナとニックの息子サンティアゴと恋に落ちていく物語もかぶさってくる。

この3つのストーリーが時を前後しながら繰り返し交錯し展開していくのがこの映画の面白さの醍醐味です。

実はシルヴィア(本来ジーナの娘マリアンヌ)はかつて、母の不倫を知り、懲らしめるつもりでトレーラーが火事になるように仕掛けたところ誤って大爆発、死に至らしめた過去があります。それを引きずりながら、相手の男の息子と恋に落ちた自分の心の矛盾を抱えているのです。
さらにマリアの父サンティアゴが農薬散布の飛行機事故で瀕死の重傷を負い、病院に入っている中で、その友人のカルロスがシルヴィアを迎いに来る物語もかぶり、映画は終盤へと向かっていきます。

性の業の悲しさ、家族の確執、親子の絆の難しさなどを巧みにストーリーの中に織り込んで展開していく物語構成のうまさは、練りに練られた脚本ゆえのなせる業ではないでしょうか?
それぞれがそれぞれに悩み、抜け出すために苦しんだところへ、ようやく危機を脱したサンティエゴの部屋に、一緒に入ろうとマリアンヌを迎え入れる娘マリアのせりふですべてが前に進み始めた実感とこれからの希望が見えたような気がしました

なんともいえない充実感と見ごたえのある映画でした。