くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ハート・ロッカー」

ハード・ロッカー

よけいな偏見を入れたくなかったのでアカデミー賞発表前に行きたかったのだが、昨日発表があって、作品賞、監督賞、など主要部門を受賞してしまいました。これは予想通りといえば予想通りでしたが、アラ探しか賞賛かを見極めるべく見に行きました。

全編手持ちカメラを多用したリアリティ満点の映像が展開します。
イラクバグダッドで爆弾の特殊処理をする中隊を主人公にした物語で、導入部いきなりそのリーダーが爆死する場面に始まります。ロボット探査のクローズアップに続くこのシーンで観客を映画に引き込むのですが、ドキュメンタリータッチの演出は最後まで緊迫感から逃れられることなく、油断すると自分たちが死に直面するのではないかという錯覚にさえ陥るほどの重さがあります。

新リーダーを向え、物語は本編に入っていきます。やや風変わりで命知らずの新リーダージェームズの姿を追うのが前半部分で、狂気的に危険の中に飛び込んでいくのですが、この展開だけを見ると、続くシーンは「地獄の黙示録」「プラトーン」で描かれた戦争による狂気という展開でしょう。

しかし、この映画が従来のベトナム戦争を扱った作品と違うのが中盤あたりからです。
時折挿入していたDVD売りの少年ベッカムの姿、彼が人間爆弾に変えられたのではと疑ったところの展開の前後あたりから、このジェームズは自らの職務に強烈なストレスを感じ始めます。思わず自宅の妻へ電話するものの一言も話せず切る場面、爆弾処理の後空を見上げて凧が飛ぶ景色にふっと放心する場面、狂ったように軍服を着たままシャワーを浴び一刻も早く体についた血を流そうとする場面など、狂気よりもこの戦争への強烈な人間不信に陥っていくのです。

前半部分の狂気的な命知らずの変わり者群像の姿がいつの間にか一人の人間に変わって行き、生身の姿が見え隠れするようになってくる後半部分の見事さはひとえに脚本の絶妙な展開のタイミングと、それをぐいぐい引っ張るキャスリン・ビグロー監督のリアリティあふれるドキュメンタリータッチの演出によるものでしょう。

物語の中心となる部隊の任務完了までの日数が時々はさまれ、時の流れを描きながら主人公ジェームズの心の変化をつむいでいく物語作りは秀逸ですね。

そして、除隊し本国へ戻るジェームズ、スーパーで買い物をし、自宅で幼いわが子と戯れ、「人間は大人になると大切なものが少しずつ減っていく、そして最後はひとつになるんだ」と語る場面から一転しての戦場の場面、一人、防護服に身を包んで画面の向こうへ歩いていくジェームズの姿の隅に「任務終了まで365日」の文字が出ます。

この最初の任務終了からのエピローグ、それに続く新たな戦場の場面での終焉がこの作品を一級品にした理由でしょうか。
任務終了でハッピーエンドで終わらせたら凡作に終わっていたでしょうね。どんな芸術作品もそうですが、どこで終わるか、どう終わらせるかがその作品の最も重要な決め所であると証明した作品でした。