くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「瞳の奥の秘密」

瞳の奥の秘密

本年度アカデミー外国語映画賞受賞の話題作。アルゼンチンの映画とはまた珍しい作品である。
この作品、総じて素晴らしいのがますその映像の美しさである。ファン・ホセ・カンパネラ監督のこだわりによるシネスコの画面を最大限に効果的に利用したカメラアングルの美しさ、ものや人物の配置のこだわりにまず目を奪われる。さらに映像にこだわったという監督の意図によるものか独特のフィルム感で不思議な色彩の奥行きが感じられること。特に人物がアップになったときの背景と人物の不思議な遠近感が素晴らしい。そして、それぞれのカットのモンタージュのおもしろさもこの作品の映像を見る上で非常に個性的なことに驚かされる。ふたりの人物の会話を片方を通常通りに横から撮って、反転したときに真下斜めからもう一人を俯瞰で撮るなどの工夫に不思議な映像リズムが形作られていることに気がつく。

物語においても、まるで行間を読むように挿入されているストーリーの中心テーマである愛の物語が、残酷なレイプ殺人のミステリー仕立ての中で無意識のうちに訴えかけてくる演出は秀逸と呼ばざるを得ません。

物語は裁判所を定年退職した主人公ベンハミンは有り余った時間を利用して25年前の残虐なレイプ殺人事件を小説にすることを思いつきます。そして、過去と現代、空想と謎解き、さらに一人の女性への無意識な愛をめくるめく物語に織り込みながら事件の本当の真実と長年心に閉じこめていた一人の女性への愛の表現を描いていきます。

映画が始まると静かなタイトルの後、とある駅で一人の男が汽車に乗る。それをじっと見送る女性を頭部からのアップでカメラはとらえ、極端に粒子の粗い映像が冒頭をかざって私たちのこの愛の物語に引き込んでくれます。
定年退職した主人公ベンハミン、彼には25年前の残虐な事件のことが未だに心のどこかに引っかかるものがあり、それを小説にしようと考えます。そこでかつての上司で今や検事となり母親となったイレーネの元を訪ねます。

その事件は新婚の銀行員の妻がレイプされた上殺された事件でした。フラッシュバックで描かれながら一方でベンハミンの記憶がよみがえっていく様が繰り返されます。
妻をレイプされた夫のリカルドは犯人を捕まえるべく仕事の後駅で犯人を捜すことを日課にするようになります。
そんな彼の姿に打たれて、一度は捜査終了になった事件を再捜査し始め、部下のパブロの見事な手紙の推理で犯人はサッカー観戦に夜ごと訪れることを突き止めます。

謎が解け競技場へとカメラが移しショットが非常に劇的で驚くほどのダイナミックな映像に変化する下りは見事なものです。
静から動へ、一気に俯瞰で夜のサッカー場をとらえぐーっとよって大観衆の中にベンハミンたちの姿をとらえるショットが見事。
ところがその場で捕まえた真犯人も上層部の確執から釈放させられ、やがて逆恨みした犯人はパブロを惨殺、危機を感じたベンハミンは転居することになります。

そして25年、真相に迫らんとしたベンハミンは事件が未だに続いていることを確信し、リカルドの元を訪れます。そこで証された真実とは、リカルドが釈放された犯人を拉致し銃殺したと言うこと。しかしどこか彼の様子に納得のいかないベンハミンは夜、彼の家を見張ることに。そこで見たのはリカルドが犯人を拉致し、おりに閉じこめて私的に無期懲役の刑に処している姿でした。

妻を殺されたが故の妻への深い愛情ゆえの行いに、どこかやるせない思いになるベンハミン、そして彼は25年来一人の女性を瞳の奥で愛していたことに素直になる決心をして裁判所の検事室をたずねます。
ベンハミンの思いを25年前から知っていたイレーネは「かなり困難なことになるわよ」と答えながらもようやく実らんとする本当の愛にほほえみを浮かべながら部屋のドアを閉じます。

コウして映画は終わりますが、殺人事件の謎解きのミステリーのおもしろさはもちろんですが、その行間に漂っているイレーネとベンハミン、リカルドとその妻の底知れる愛の物語が暗転した画面の中でじわりと胸に感動を呼び起こしてくれます。
非常に複雑なストーリー構成ですが、感性を最大限に解放し、映し出されるままに映像を感じ取るとこの映画のすばらしさを実感できる作品でした。