くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「オカンの嫁入り」

オカンの嫁入り

割りと評判もいいし、大好きな宮崎あおいも出ていることだし、それで良いかと思って出かけてみたが、なんとも平凡な凡作でした。
原作があるので物語の展開やエピソードのそれぞれにどうのこうのはありませんが、それぞれの出来事を組み立てた脚本が非常に良くない。つまり映像化するときに何をどう描くのかという一貫性がまとめられないままに物語構成を原作通りに作り上げた結果によるものかと思います。

演出に当たって、監督は当然、その出だし部分とラストシーンには格別の力を入れる。それは誰しもであると思う。当然この映画も真正面にとらえたとある一軒家のショットに始まりオカン(大竹しのぶ)が夜中に帰ってくるシーン、それを迎える月子(宮崎あおい)玄関口に寝そべる研二(桐谷健太)のショットはなかなか良い導入部だと思う。しかしどうもバイタリティのあるつかみが感じられないというのが最初の印象でした。

続く展開がなんとも力が足りない。淡々と取っている出もなく、ただ次のエピソードに持ち込むまでのつなぎのような演出になっていて、監督である呉美保のオリジナリティの一貫性がみえてこないのである。最初の食卓のシーンもなぜ手持ちカメラによる縫うような演出をしているのか伝わってこない。

そして、ハチの散歩に続く月子がかつて会社でストーカーにあってトラウマを抱えることになるエピソードが描かれる。これも電車のショットがスローモーションでカットされてとってつけたようにフラッシュバックされる。ここまでのシーンが非常に間延びしているのは、前述したように次のエピソードであるこのフラッシュバックのシーンまでのつなぎ演出のごとくなっているためである。

そして、月子は電車に乗れなくなってそれを克服する必要がある毎日であること、一方かつての愛した夫を忘れられず一歩踏み出せない陽子(オカン)の物語が平行し始める。そこへ研二がなぜ金髪なのか、そしておばあさんが死んでしまった時のいきさつが語られ、「死んだときにはじめてわかる・・」等のセリフの後陽子が庭で倒れる。ここまでのつなぐシーンも弱い。

大阪弁でコミカルにつなぐなら徹底すべきであるが、それもなされていない。どれもこれもがとりあえず次のシーンまでという演出に終始していく。
白無垢を着ることが夢と語る陽子、そして余命1年と知った月子は自分のトラウマの克服もかねて陽子と白無垢の着付けに出かける。
映画はその後、結婚式も終わり平凡な日々が始まったところで終わる。当然1年後には陽子は他界するのだろう。しかし、ここでカットしたのはせめてものこの映画の救いだろう。

原作がこの通りなら原作にも弱さがあるし、今回の映画化も完全に映像作品に仕上がっていない。非常に凡作というしかないというのが感想でした。
ごらんになった方がいうような大竹しのぶの演技もそれほどでないし、宮崎あおいも生きていない。せめてというなら桐谷健太の存在感は「ROOKIES」同様抜群で光っていたといえる。