くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う」

ヌードの夜

衝撃的な映像作品に出会いました。正直、石井隆監督作品をスクリーンで見たのははじめてなので、なおさら衝撃だったのかも知れません。
映画が始まると、いきなりうさんくさいおっさんが一人の女、桃に殴りかかり襲いかかっています。回りにその女の母(大竹しのぶ)、妹れんが叫んでいます。手持ちカメラの豪快な映像の中で女が背後からその男を刺す。そして滅多刺しにして殺してしまいます。
続くシーンがすごい。風呂場で三人の女がさっきの男をバラバラにしてミンチのようにして桶に入れている様子が描かれる。血だらけの壁、血だらけの女たちの姿は映されますが、死体をとらえるショットはありません。ただ、その会話の応酬と切り刻む音さえ感じられるようなカメラ映像に釘付けになります。どうやら、この三人の女は男を殺して保険金を搾取する計画を実行したようで、男が手にはめていた時計なども丁寧に抜き取って強欲な姿を見せつけます。そこへ、宍戸錠扮する山神がやってくる。あわてて着替えて下の店に行く大竹しのぶ扮するあゆみ(ママ)。実はこの山神は娘であるれんを少女時代に愛玩にし、ビデオに撮って売りさばいたような男で、逃げたれんをようやくこの店にみつけたのであったようです。

ようやく山神をいなした女たちは死体を富士山麓の樹海へ。実は以前にも一人の男を殺してここに捨てたのですが、その同じ場所がわからず、仕方なくそのあたりに杓子でまき散らすことにする。何ともグロテスクなシーンですが、全編、露出オーバー気味の映像でまぶしいくらいの光が常に画面を照らし、その中で鬼畜のごとく立ち回る女たちの姿があまりにもバイタリティあふれるものなのでスクリーンから目を離せないのです。

そして画面は変わると電車が走り抜け、トンネルから車が出てきてタイトル。このシーンが全く息をのむリズム感でのめり込んでしまいます。
ここで、何でも屋の紅次郎(竹中直人)がゴミ屋敷のような家に踏み込んで行くショット、そこへやってきた刑事にたたきのめされるシーンへとつながります。カメラが追う俳優たちの姿は時に目の前に飛び出すかと思われるほどの迫力があり、それでいて、背後の音楽が絶妙に美しいから不思議な感覚にとらわれる。しかも前述したようにハイローのカメラの光が不気味な暗さを演出するから何とも独創的な画面づくりなのです。

容疑が晴れた紅次郎、しかし、そこへれんから依頼がくる。実はれんたちがまき散らした死体の中にロレックスの時計を一緒に捨ててしまったため、それを見つけておかないといけない。そこでその真相を隠して紅次郎に依頼してきたのです。そうとは知らず、樹海へ出かけ、なんとかみつけたロレックスはなにやら肉片が。その肉片を紅次郎はたまたま先日の事件で知り合った女刑事に分析を依頼。肉片は人肉である事がわかるけれども刑事は次郎に告げず、かわりに携帯をわざと忘れてGPSで次郎と、その時計を探すよう依頼してきた人物を突き止めようとする。ここからのサスペンスフルな展開もこの映画のおもしろさですね。

一方の女たちは山神を殺して保険金でいまの店をビルに建て替えようとしている。この動機がなんとも身の毛もよだつようなしかしちょっと荒唐無稽の設定なのもなかなかおもしろいのです。
さらにれんは紅次郎に’たえ’という一人の女を捜してくれるように依頼する。実はたえというのはれんと同一人物。そんなこととは知らず必死で探す紅次郎。歌舞伎町でちんぴらに殺されかけたり、テレクラですごまれたりとエロティックながら裏世界の暗澹たる夜の景色の描写がきらびやかなほどに美しく、底辺に生きる人間たちのうごめくようなどろどろしたムードが独特の雰囲気を醸し出してくるシーンが次々と展開していきます。

紅次郎をたたきのめしたちんぴらが車で次の女を手配していると乗り込んでくるのが6ヶ月姿をくらましていたたえ(実はれん)。思わずちんぴらはたえに襲いかかるもスタンガンで逆襲され、そのままシートベルトで首を絞めて殺される。背後に流れるリズムのある静かなメロディのなかで繰り広げられるこのシーンはものすごい演出効果をもたらす見事な場面です。

探るうちにれんとたえがどう一人物と気がつく紅次郎、一方でれんは子供の頃の悲惨な過去を知った紅次郎に近づき体を合わせます。そして、山神殺害の手助けを求めます。
こうして物語はクライマックスヘ。
殺害した山神を三人の女と紅次郎が樹海へ運ぶ。女たちは男を殺すたびにあゆみが幼い頃に遊んだ石切場へ運んでそこで腐るのを待っているのでした。
現地に着くと一面の石の壁、差し込む光、底なしの水たまり、切り出した石の山々が不気味な冷たさを生み出し、いままでのきらきらした夜の世界の暗さとは一風変わった不気味さを演出してくる。カメラは大きく遠景でとらえるかと思うと、目の当たりに死んだ山神の姿を映し出したり、大きく天井からの俯瞰のショットなど、いきなり繰り出されるカメラ角度の変化が襲撃的な感覚を与えてきます。

山神を始末したところで、れんはいきなり姉のちひろへスタンガンを浴びせ、彼女を殺害、続いてあゆみにも向けるがあゆみは逃げる中で誤って底なしの水たまりへ。さらにちひろは紅次郎にも。母さえも信じられなくなり、父の慰み者になりながらも助けてくれなかった恨みと、姉に対する嫉妬が壮絶な殺害行動へ入らされるれんの狂気がぐいぐいとエンディングへ引き込んでくる圧倒的な見せ場です。さらに、たった一人、れんを守らんとし、信じた純粋すぎる紅次郎にさえ牙をむけるれんの悲しさが次第に伝わってくると、いつの間にか切なささえ覚えてきます。

そんなれんに最後まで愛を注ぎ、これ以上の殺人を繰り返すなとすがる紅次郎、そこへ一発の銃声。紅次郎を追ってきた女刑事ちひろの姿がありました。しかし格闘の中でちひろを撃ち、最後のとどめと言うところでカメラが突然天空からこの様子をとらえる。思わず「何かがいる」と叫ぶれん。そのれんに降り注ぐのは金粉のような光る粉。このラストの美しさ、もの悲しいようなまたたきがシュールなショットを生み出してくる。そして、手の止まったれん、抱きかかえる紅次郎、そこへ、立ち直ったちひろが銃を向けます。その場に倒れるれん。胸が熱くなるラストシーンでした。

さらにエピローグが続きます。れんに密かな愛情をもった紅次郎は、れんの死によって憔悴。一人倉庫の事務所で暮らしている。そこへ毎日のように弁当を届けるちひろ。何度か暗転してこのシーンが繰り返され、やっと紅次郎は「一緒に食べましょう」とちひろと食べ始める。下から上に、縦書きのエンドタイトルがかぶってきます。素晴らしいラストシーンとエピローグ、さらにエンドタイトルの出し方も見事。これが日本映画の底力でしょうか、うなってしまいました。見事、傑作です。それにしてもこの手の悪女をやらせると大竹しのぶはうまいですね。