くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ツーリスト」「アンチクライスト」

ツーリスト

「ツーリスト」
淡々と進むストーリー、繰り返しと交錯によるミステリアスな展開、アメリカ映画とは思えないなぞめいた展開で進むこの映画、人によれば間延びしていて見づらいと思えるかもしれないが、私は非常に楽しめました。

映画が始まると、おきまりのサスペンスフルな音楽をバックに一人の女性エリーズ(アンジェリーナ・ジョリー)を見張る男たちの姿。つけられているとわかりながら平然と姿を現し通りを抜けて、地下鉄でまいてしまうまでのアンジョリーナ・ジョリーの演技がなかなか見物であるし、追っ手を指揮する諜報部のジョン警部(ポール・ベタニー)がなかなかはまっています。

じわりじわりと描きながらこの物語に登場する主要人物を見事に登場させ、最後までアレキサンダー・ピアスなるエリーズの相手を見せない演出が心にくいですね。

ふとした勘違いでジョニー・デップ扮する男フランクをピアスと思わせ、組織の追っ手も登場させる。ちょっとまぬけな部下たちの姿は「ローマの休日」で本国から呼ばれたシークレットサービスのような振る舞いをするから楽しい。

さらにホテルから追っかけて屋根の上を走るあたりはあたかもセットで、ヒッチコック作品のような画面づくりを心がけているようで、この監督やってくれますとうならせる。

ピンチになったかと思えばエリーズがさりげなく現れフランクを助ける。そして中盤を越えたあたりで彼女が諜報員であることを明かし、物語の真相のあらましを観客に見せてしまいます。しかし、アレキサンダー・ピアスの正体はみせない。とはいえ、あまりにもジョニー・デップの描き方が平坦すぎるので、おそらく彼が・・とわかってしまいました。

クライマックス、ちょっと、本人しか知らない金庫の暗証番号をすんなり開けるフランク、実は彼こそが整形後のアレキサンダー・ピアスで、すべてが明らかになりエリーズとヨットで去っていく姿、ちょっと気の利いた一昔前のヨーロッパ映画の如しでニンマリしてしまいました。

全体に平坦な作り方、空間演出がややダイナミズムにかけるために少し深みが足りない気がしないでもないのですが、お金を出して十分楽しめる作品だったと思います。

ただ、いかにもヨーロッパ的な映画であり、いかにもアメリカ的なアンジョリーナ・ジョリーとジョニー・デップというキャストはミスキャストではなかったかと思うのですが。


アンチクライスト
ラース・フォン・トリアー監督が描いた芸術色豊かな一級品のサイコスリラー、そんな言葉がややイヤミ混じりに当てはまる作品でした。しかも画面の隅々に哲学的、宗教的な暗示が含まれ、何度も見返すとその意味合いが見えてくる気がしないともいえませんが、二度見たくなる映画とは呼べない一本でした。

エンドタイトルに「アンドレイ・タルコフスキーに捧げる」とクレジットされるように冒頭部分は超スローモーションで雪が降るショットを映し出し、雨粒がゆっくりと落ちていくイメージで描かれるモノクロ画面はまさにタルコフスキーの映像そのものである。

そしてその景色の中でウィレム・デフォーとシャーロット・ゲンズブール扮する夫婦が全裸で愛し合うシーンが被さり、幼い子供がベッドを抜け出して窓辺の方へいくショットが挿入されていく。

絶頂を迎える妻の顔、窓から落ちていく子供の姿、そしてプロローグが終わり本編へ。
子供の葬式シーンへつながると色調を押さえたkらーしーんへ変わる。
精神的にまいった妻は入院するが、セラピストでもある夫は彼女を退院させ、森の中の小屋で彼女を治すべく奔走する。

彼女を分析し、様々なイメージで助けようとするが、次第に狂っていく彼女の姿を止められない。
合間合間に、森の動物たちのショットや自然の景色が映し出され、時に茨のようなイラストイメージが入ってくると、やはりこれはキリストをイメージしたものだと薄々感じてくる。

そして、妻の殺意におびえ始めた夫は子供の検死結果から、かなり以前から子供が母親の虐待で左右反対に靴を履かされていたことに気がつく。そして、実は妻は行為の最中に子供が窓から落ちるのを黙認していた事実を知るのである。
夫の愛情を引き留めるべく、子供に嫉妬した妻の狂った正体が明らかにされるショッキングシーンである。

その瞬間、妻は完全に狂気となり、夫の足に石の砥石をはめ込んで動けなくするが、何とか逃げ出した夫が妻を絞め殺して、脱出する。

足首に穴をあけられた描写はまさにキリストの十字架の張り付けをイメージし、エンディングで大勢の人々が山を登ってきて夫の元に集まるくだりは明らかにキリスト復活のイメージだろう。周囲に集まる狸や鹿などの動物のショットもまさに聖書のイメージにほかならないと思う。

しかし、ここまで描き込んでくると、妻が自らの性器をはさみで切り落とすグロシーンや、夫を執拗に追いつめる狂ったシーンなど、B級ホラー的なイメージが何ともちぐはぐで、悪くいえばどっちつかずでもあると思う。

サイコホラーの形式を借りたラース・フォン・トリアー監督の自己犠牲のテーマはある意味、必要以上に重々しく、好き嫌いがはっきりしてしまう作品に仕上がったのではないかと思うのです。