くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「まほろ駅前多田便利軒」

まほろ駅前多田便利軒

直木賞を取った三浦しをんの原作を元に「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」などの奇才大森立嗣(なんと麿赤兒の息子)が監督をした作品。前作を見逃しているし、デビュー作の「ゲルマニウムの夜」も見ていないので作風は良く知らないが、なんともさめた映像でキャストを淡々と演じさせる演出は実に現代的で個性あふれる。それでいて、最近の若手のようにテクニカルなデジタル映像に頼らない演出が実に好感である。

物語はまほろ駅前で便利屋をする主人公多田(瑛太)が一匹のチワワを預かったところから始まる。突然のショットと意味ありげはスタートがこの作品の色をしっかりと語ってくれる。
そして、彼が幼なじみで、子供時代ふとした弾みで彼の指にけがを指せてしまった行天(松本龍平)と出会う。そして、奇妙な同居生活の中、便利屋という仕事で巻き起こるいくつかのエピソードをつづっていくのが本編である。

静かな画面で丁寧にとらえた二人の様子をコミカルなテンポで背後に流す軽妙な音楽に載せたリズミカルな映像が前半の特徴。そのテンポの中で次々と二人の奇妙な物語が笑いの一歩手前でさめた視点でどんどん描かれていく。ワンテンポ変えると爆笑できそうなエピソードやプロットの組み立てをしているにもかかわらず、二人の俳優に感情のこもった演技をさせていないためにどこかさめている。非常に平凡で人間味あふれる下町に近い町並みにもかかわらず笑えないという冷たさが、都会の毒された冷たさがどこか根底に潜んでいるという不思議なムードが漂う。

二人暮らしをする夜の町の女ふたりこそ爆笑するシーンはあるが、多田や行天が接する由良の母親、由良、行天の元妻、たちに笑いはない。ストーカーでちょっと精神的に恐ろしい感じの山下(柄本佑)さえも恐ろしいという感情が見えないし、星(高良健吾)にしてもちんぴらとしての感情的な怖さがない。そこには非常に感情を押し殺したままに生きる人々の姿がまざまざと描かれる。さらに、普通ならいかにもというような出で立ちのはずの役の売人のシンちゃんにしても腹の出た普通のおっさんであるところが実に不可思議な背景を生みだす。つまり、登場人物それぞれにほとんど喜怒哀楽の感情を見せていないのである。終盤に登場する岸辺一徳扮する刑事にしても、毎日が非常に濃く篤されたままの表情しか見せない。

でてくる人々に情熱とか感動とかいうものを味わう機会さえ途絶えた今の都会の(いやこんなうらぶれた町並みでさえ)生活の現実がひしひしと伝わる。これがこの映画の個性であり、大森監督の描かんとする世界なのだろう。
ラストシーン、別れたはずの行天と再び多田はめぐり逢い、再び同じ便利屋のしごとへ戻っていくエンディングは、なんとも日々繰り返すことしかない淡々とした人生、特に未来への生き甲斐もないけれどもどこか生活せざるを得ない今の堺を語っているようで妙な気分になってしまいました。

非常のオリジナリティのある演出スタイルですが、作品の内容が限られてしまうかもしれず、もう少し広がりのある個性も見せてほしかった気がします。