くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「浪花の恋の物語」

浪花の恋の物語

なるほど、内田吐夢監督の代表作と呼べるだけのすばらしい一本でした。
原作は近松門左衞門の世話話を元に脚色した作品であり、キネ旬2位の作品である。

物語の本筋は原作を踏襲しているが、そこに、ことの次第を見つめる近松門左衞門本人を登場させ、巧みに次の作品を書くかのように物語を牽引していくという凝った脚本に仕上げている。さらに、交錯するように挿入される文楽の舞台が絶妙な芸術性を醸し出して作品の格調を高めている。決して人情物の娯楽作品に仕上げてしまわない実験的な試みが見事に効果を生んだ作品として評価されたのであろう。

映画が始まると文楽の舞台、カメラが引いていくとそこにこの物語のキーマンとなる小豆島の大臣(東野英治郎)がいる。そして、近松門左衞門(片岡知恵蔵)も同じ席に。
さらにカメラは飛脚商人の亀屋の女将(田中絹代)と娘おとくを紹介、養子になる忠兵衛(中村錦之助)を映し出す。

この忠兵衛、帰る途中に商人友達の八右衛門(千秋実)と出会い、そのまま新町の郭へ、そこで嫌々あがった座敷で忠兵衛は梅川(有馬稲子)と出会い、お互い一晩で牽かれあってしまう。ここから物語は二人の恋物語を中心に描かれていくが随所にちりばめられた事細かな演出の妙味がこの作品がただ物ではないと伺わせる。

梅川が奉公にきている少女の指のけがの手入れをする際、懐の懐紙を口で加えてさっと一枚抜き取るシーン、さらに簪を火であぶって傷を消毒し和紙を細く切って指に巻き、さらにこよりを作って結び止めるというシーンは本当にうっとりさせてくれました。
このシーン以外に忠兵衛が亀屋の女将に呼ばれる場面で、座敷を通って前に来るのではなくわざわざ遠回りして廊下を回る演出など、跡取りの養子とはいえ、所詮使用人だったという身分の差を的確に映し出してくれます。

さらに、江戸にいった忠兵衛が梅川に縁切れを伝える際に櫛を送るなど、「櫛は縁の切れ目の決め言葉」と梅川につぶやかせて涙ぐむショットなど見事。

物語は小豆島の大臣が梅川の身請けをするという手紙をよこし、すでに忠兵衛と恋仲になっている梅川は思い悩む、一方所詮しがない商人の忠兵衛が身請けの金を用立てるために御用金に手をつけてしまうのがストーリーの中心になります。

武家への御用金三百両を持っていく際に小豆島の大臣が新町へ行く姿を見かけ、いてもたってもいられず駆け込んでいく。そして、それに気がついた友人の八右衛門が間違いがあってはならずと駆けつける。このスリリングな終盤の駆け引きの見事なこと。

そして、封切りという大罪を犯した忠兵衛は梅川と逃避行へ。
その下りを随所で書き留めていく近松門左衛門のショットを挟みながら、二人の結末を文楽に描ききるためにかつての梅川がつぶやいた「金が敵の世の中・・」と回想する。そして、単なる人情物語の影にある金が世の中のすべてを動かしているかのごとき流れを見事に物語として完成させるという筋書きになっている。

近松門左衛門の作品に「浪花の恋の物語」などはなく、短編の世話話をひとつの人情物語にまとめたのがこの作品である。
一見「曽根崎心中」のごとき展開であるが、世の中にうごめく金の力の不気味さを捕らえ、それを人情話と時の時代の世相の反映という奥の深いストーリーに仕上げたこの作品は、まさに貫禄の名作であったと思います。